OT国試義肢装具関連問題の解説.今回は第52回作業療法士国家試験午後の5問目から.
筋電義手の電極位置設定に関する問題です.
筋電義手が登場してから年月が経過し,使用される場面や対応可能な施設が限られているものの.
国家試験にも数年に一度は顔を出すほどに広く認知されるものとなりました.
筋電義手に関する詳細が問われるという事はそうそうないとは思いますが.
今回のように「筋電義手ってどういうもの?」という基本的な部分については問われることもあるので.概要については知っておきたいですね.
25歳の男性.右前腕切断.筋電義手の作製にあたり,ハンドを開くために長短橈側手根伸筋の筋電位を検出した.近位から見た右前腕横断面の模式図を示す.
ハンドを閉じるために検出する筋はどれか.
今回の問題は,筋電義手に関する問題ではありますが.
一方で,その操作を行う筋電位を検出する筋が.図示された断面のどれなのかを考える.解剖学の知識を問う一面もあります.
これは,義肢装具に関係なく.国家試験に臨む上で必ず覚えておかなければならない知識ではありますが.
今回の問題のみについて言えば,「筋電義手の仕組み」さえ分かっていれば解けてしまいます.ポイントはしっかりおさえておきたいですね.
についてはチェックしておきましょう.
今回は,前腕切断に用いられるので前腕筋電義手となるわけですが.そもそも筋電義手とはどういったものなのでしょうか.
前腕義手はその機能から,いくつかに分類されますが.前腕義手においては特に「手部」がどういった機能を持っているかが重要なポイントとなります.
まず大別すると,外観を重視し手部を操作する機構を持たない「装飾用義手」と.
ケーブルやハーネスなどを用いて,手部を操作する機構を持った「能動義手」があります.
また,農作業や工具を持つといった特定の作業に特化した手部を持つものは.「作業用義手」と呼ばれて別の分類をされることとなります.
自分の意志で操作することが出来る義手も,いくつかに分類されます.
手部を操作する「力」がどこから来ているか?という点に注目すると.
能動義手と呼ばれるケーブルやハーネスで操作するものは,関節運動によってケーブルが引かれる力を利用して手部を操作するため「体内力源式」と呼ばれます.
義手を動かしているのは,自分の身体の力という事になりますね.
一方で,モーターなど.義手を動かす「力」を別に持っている,「体外力源式」と呼ばれる義手があります.モーターであれば電気(バッテリー)で動かしているので「電動義手」という別の分類がされています.
能動義手は,力源は身体の「関節を動かす力」.操作を行うのも「関節の動作」によるものです.関節運動が力源と操作を両立しています.
一方電動義手は,力源は前記の通りモーターですが.その動きを操作する方法が必要です.
単純にスイッチのON/OFFでモーターを操作する方法もありますが.近年,多くの電動義手で用いられるのが筋電位の検出を利用したものです.
「筋電義手」は電動義手の中の操作方法の分類の1つという事ですね.
特定の筋が働く際の筋電位を,スイッチとして義手を操作しています.
今回の問題では,そのスイッチとなる筋電位をどこから取るのか?という設問となっています.
筋電義手は,筋が収縮する際の表面筋電位を.ソケットの内側に配置した電極で検知しているわけですが.
前腕筋電義手の筋電位を取ることが出来る筋の条件はある程度決まっています.
まず1つ重要なのが,電動ハンドがどのような動きをすることが出来るのかです.
例えば,手部を「開閉する」という動作を行うためには
の2つが必要になります.
手部の関節の数と運動方向を考えると.身体の手部の動きにより近づけるためには,非常に複雑な複数の動きが必要となるため.
必要なスイッチの数も膨大となりますが,スイッチの数をどんどん増やすわけにもいかない事情があります.
筋電位をとってスイッチに出来る筋の数には限界があります.
それは利用できる筋の条件があり
を満たすには,数に限りがあるからです.
まず,表面筋電を取る以上表在筋である必要があります.正確には電極が表在筋と深層筋の区別がしにくいからなのですが.1つの電極からは,その取り付けた部分の筋電位の変化しか検出する事ができません.
また,筋が働いた際の筋電位を取っているので当然ではありますが.意としない他の動作をした時に手先具が動いてしまっては困ります.例えば,三角筋の筋電位を取って.肩外転の度に手先具が動いては使い物になりません.
都合,前腕義手の場合には.使用できる筋は切断により動作する対象のなくなってしまった,前腕以遠の筋が候補となります.
似たような理由で,同じ動作を行う筋から2つ以上の筋電位を取ることは難しいです.
手関節屈曲筋を例にすると.厳密には違う動作の撓側手根屈筋と尺側手根屈筋の2つですが.似た動作を行うこの2つの筋を完全に使い分けるのは困難です.
もしこの2つの筋電位に,義手の2つの動作を割り当てると.非常に繊細な動作を求められ,時には誤動作の原因となってしまうでしょう.
また,電極側の問題もあり.隣接した筋から独立した筋電位を採取することも困難です.
「このくらい筋が働いたら(筋電位が得られたら)スイッチをONにする」という調整は出来るものの.電極が隣接した目的としていない筋の筋電位を取ってしまうと.これも誤動作の原因となってしまいます.
また筋電位を電極が得やすいという点では.主動作筋であり,比較的大きい筋であることが望ましいです.筋腹が細い筋だと筋を働かせても電極に触れなかったりと,位置設定やスイッチをONにする筋電位閾値の設定が難しくなってしまいます.
切断後は,筋の損傷や廃用も考えられ.よりよい条件の筋を選択する必要があります.
結果,十分離れた位置にある,役割の違う筋からしか義手を操作する筋電位を得ることが出来ないため.義手を操作するスイッチの数は限られてしまうわけですね.実際には,手関節屈曲・伸展・橈屈・尺屈など役割の違う筋の中から選択していくこととなります.
「現行の筋電義手」の殆どは,手の開閉の2つのスイッチ(2チャンネル)を持ったもので.回内・外機能などを持たせた4チャンネルのハンドと併せて大半を占めています.
筋電義手と言えど,手の開閉というほんの僅かの機能を代償しているにすぎません.
「手の開閉」という真逆の動作を行うことから,その筋電位を取る筋も真逆の役割を持ったものが感覚的に操作を行いやすいため.「手関節の掌屈・背屈」を行う筋が選ばれます.
基本的には,ハンドを開く際には伸筋群である
ハンドを閉じる際には屈筋群である
などを用いて電極を設定し.筋電位を得ることが多いですが.長掌筋など細い筋は不向きで,尺側手根屈筋など筋腹が大きく筋電位を得やすい筋が選択されます.
実際には,反対側の手関節屈曲・伸展動作と合わせて筋の働きを計測し.最も大きな筋電位が得られる位置に設定されます.
それでは問題文と選択肢を見ていきましょう.
「ハンドを開くために長短橈側手根伸筋の筋電位を検出した」という事からも.ハンドを閉じるために必要となるのは「屈筋群の筋」のどれかという事になります.
それだけで選択肢はかなり狭まっているのですが.念の為に図示された断面図をチェックしておきましょう.
これについては,解剖学の知識として絶対に必要なものなので.各自チェックしていただきたいですが.
の5つが選択肢となっています.
この中で屈筋群にあたるのは
「4.長掌筋」と「5.尺側手根屈筋」ですが.上記の解説の通り,あまり筋が細くて筋活動の小さい筋は筋電位を得るのに向いていません.
4.長掌筋がまるっきりダメな選択肢というわけではありませんが.
5.尺側手根屈筋がより「ハンドを閉じるために検出する筋」としては優れているため.これが正答となっています.
筋電義手の電極位置設定に関する問題について解説しました.
正解を選ぶだけならば,「開くのが伸筋群」なので.「閉じるときは屈筋群の中で大きな筋腹を持つもの」を選ぶだけという問題です.
筋電義手がどういうものなのか分かっているだけで,選択肢をかなり狭めることが出来るのではないでしょうか.今回の問題を解くうえでは,解剖学の知識がなくてもなんとかなりますが.純粋に必要な知識なのでしっかり確認しておきたいですね.
解説をする上でシンプルにするために,とても簡単にお話してきましたが.実際に筋電位を取る部分を決定するには,筋や断端の状態をチェックしつつ.筋の膨隆とソケットと電極の位置をよく吟味した上で,作成を勧めていく必要があるため.適合が非常に難しい義手です.
筋電義手そのものに関する文献はあまり多くないのですが.興味がある方は「筋電義手訓練マニュアル」という書籍を学校の図書で探してみてください.
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p110
澤村誠志,切断と義肢,医歯薬出版,第1版,p4,p150
陳 隆明,筋電義手訓練マニュアル,全日本病院出版会,p28
公益財団法人テクノエイド協会,補装具費支給事務ガイドブック,p55
Ottobock オットーボックの筋電義手