PTOT国試,義肢装具関連問題解説.今回は第53回作業療法士国家試験午前の5問目から,上腕能動義手の適合チェックに関する問題です.
見るべき点は増えますが,前腕義手も上腕義手も適合チェックをする際のポイントには共通部分がありますし.他の多くの適合チェックに関する問題と同様に,よく目にする重要な問題ですね.
上腕能動義手の適合検査において,コントロールケーブルシステムの操作効率をチェックする計算式を以下に示す.
コントロールケーブルシステムの操作効率(%)=A/B×100
Aに当たる計測はどれか.
問題を見ていく前に注意したいのですが,この問題は「不適切問題」です.
設問が不適切で正解が得られないため.とのことですが.今回のこの適合チェックを解説する上でも非常にややこしい部分なので.少し不適切となった理由についても触れつつ解説していこうと思います.
第53回理学療法士国家試験及び第53回作業療法士国家試験における採点除外等の取扱いをした問題について
https://www.mhlw.go.jp/general/sikaku/successlist/2018/siken08_09/dl/amsagyou05.pdf
今回の解説については,おそらく国内の義肢関連書籍殆どの引用先である「切断と義肢」と.義肢装具の適合チェックについて最も参考にされるであろう「義肢装具のチェックポイント」の記載を基準に進めていきます.(詳細は参考文献を御覧ください)
結果的に不適切問題であったわけなのですが.問題の内容としては非常に重要です.
については,全項目きちんと目を通しておきましょう.
上腕義手の検査を行う上でチェックするべきポイントとして
などが挙げられます.
それぞれのチェックポイントに関しては,教科書にもしっかり載っていると思うので各自確認していただくとして.今回はハーネスとケーブルに関わるチェックポイントについて確認をしていきましょう.
義手装着時に,肘の最大屈曲角が自身で操作したときに135°以上に達するかチェックする.
異常の原因と考えられるのは
です.
ケーブルに関して見ると,長過ぎたりたるみがあって.ケーブルを引っ張りきる事が出来ずに肘屈曲が困難だったり.
ケーブルの走路が悪く.肘屈曲を効率よく行えない場合が考えられます.
能動的に肘を最大屈曲させるために必要な肩関節の屈曲角が45°以内かチェックする.
異常の原因と考えられるのは
です.
ケーブルに関してみてみると,理由は肘の能動可動域チェックの時と同様です.
肘継手の屈曲に,必要以上に肩の屈曲が求められると.更にそこから手先具の開閉を行うための余地が無くなってしまいます.
肘屈曲位90°から前腕部を屈曲するときに要する力が.コントロールケーブルのハンガーに掛けたバネ秤で引っ張って5kg以内かチェックする.
異常の原因と考えられるのは
です.
ハーネスを操作して,肘継手から先の部分を支持するために必要な力を計測しているので.ケーブルの走路が悪かったり,余計な摩擦や干渉があると.前腕部以遠を支持するのに余分な力が必要となってしまいます.
肘屈曲位において,能動手先具単体を開くのに必要な力(kg)とケーブルとハーネスを接続するハンガー部分を引っ張って開くのに必要な力(kg)の比が50%以上であるかチェックする.
異常の原因と考えられるのは
です.
手先具を開く際に,ケーブルを介した時に少なくとも50%以上の力が伝達されているかを確認する.ケーブルの効率を確認する時に非常に重要なチェック項目です.
ケーブルの走路問題や余計な摩擦・干渉によって伝達が妨げられると効率は悪化します.
またこの検査を行う際の設定として.手先具のゴムを閉める力を1.5kgに.手先具で挟む木片の幅は12mmとするよう定まっています.
肘屈曲90°で手先具を完全に開けるかどうかチェックする.
異常の原因と考えられるのは
です.
肘の屈曲と同様に,ケーブルが長すぎたりたるみがあると.ケーブルを引ききることが出来ずに,手先具を最大まで開けません.
肘継手最大屈曲時の手先具の開き幅(cm)と,手先具単体での最大開き幅(cm)の比が50%あるかどうかをチェックする.
異常の原因と考えられるのは
です.
肘屈曲90°での手先具操作と基本的な考え方は同様ですが.肘継手最大屈曲位のため,手先具の開きを操作するのはより難しくなっています.ケーブルが長すぎたりたるみがあると.ケーブルを引ききることが出来ずに,手先具を開く幅が50%を下回ってしまいます.
それでは選択肢を見ていきましょう.
不適切問題なので,まずは明らかに誤りとなる選択肢から確認していきましょう.
1.の選択肢は,回旋力(トルク)に対する安定性をチェックする際に行われる検査です.
手先具を回旋方向へ引っ張り,その力に抵抗出来るかどうかをチェックします.
主にソケットの不適合や,肘継手の接続部固定を確認する検査でコントロールケーブルとは無関係なので誤りです.
2.の選択肢は,手先具を前腕部のケーブルを介して検査しています.
こういった検査は基本的に行われません.上腕義手の肘を屈曲するのに必要な力のチェックする場合には.更に上腕部を介してハンガーをバネ秤で計測するので誤りですね.
3.の選択肢は,引っ張り荷重(下垂力)に対する安定性をチェックする際に行われる検査です.
義手を下垂状態で,手先具に20kgの重りを付け.引っ張られることによるソケットの上縁のズレが10mm以内かをチェックします.(書籍によっては,23kgの重りを付けて2.5㎝以内)
主にソケット適合とハーネスの問題を確認する検査で,コントロールケーブルとは無関係なので誤りとなります.
4.の選択肢は伝達効率を検査する際に行われます.
能動手先具単体を開くのに必要な力(kg)とケーブルとハーネスを接続するハンガー部分を引っ張って開くのに必要な力(kg)の比によって検査するので.4.の選択肢はAに該当し正答となります.
一方,5.の選択肢は操作効率を検査する際に行われます.
肘継手最大屈曲時の手先具の開き幅(cm)と,手先具単体での最大開き幅(cm)の比によって検査するので.5.の選択肢の口元での開きはAに該当し正答となります.
正答が2つある問題は,問題文に「2つ選べ」と記載があるので.正答と考えられる選択肢が2つある事から不適切問題であると考えられます.
ただ,ここで1つ問題となるのが.問題文の表記にある「コントロールケーブルの操作効率」という言葉の定義です.今回の解説では,「義肢装具のチェックポイント」の記載を元に伝達効率と操作効率を分けて解説しましたが.これは書籍によって記載がマチマチです.
「切断と義肢」には,どちらの検査も「効率(efficiency)」と記載されていますし.他の教科書ではどの検査でも操作効率としか書いていない場合もありますし,全て含めて伝達効率と呼んでいる場合もあります.
私個人としては,力の伝達(kg)は伝達効率で,操作量(cm)は操作効率という認識だったのですが.どうも日本固有の呼び方の違いでもあるようです.
そんな経緯もあって,非常に紛らわしく.問題文だけでは選択肢を1つに絞ることは出来ないため不適切問題となっているようですね.
また,これは重箱の隅をつつくようなツッコミだと思うのですが.問題の選択肢には検査を行う際の設定が特に記載されていません.これもまた不適切の理由…という話もあります.
義肢装具士さんの国試で同様の問題が出ている際には,設定の記載あるようですし.どのような設定のもと検査を行ったか?というのは非常に重要なのですが…
「完璧な問題を作る」というのは,なかなか難しいものですね.
上腕能動義手の適合チェックに関する問題について解説しました.
本筋の解説とは離れた話が長くなってしまいましたが.問題文の中に,選択肢が1つに絞れる文言が無いかどうか注意深く見ていくのは大切な作業ですよね.(今回は不適切問題だったわけですが…)
義手の適合チェックという内容自体は,とても問われやすい重要な内容です.どの検査がどんな異常を確認するためのものなのかは,しっかり覚えておきましょう.
余談ですが,言葉の定義というのは難しいですね.
その意味するところが変わってしまうと,大きな行き違いを生みかねないので.医療職に限った話ではないですが,正しい言葉とその意味を知るというのは大切な作業なのかもしれません.
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p107
澤村誠志,切断と義肢,医歯薬出版,第1版,p182