「装具」と言われると,一般の方のほとんどはどんなモノなのか分からないのではないかと思います.ケガや病気をした際に,突然「必要です」と言われてその存在を知るという事が多いのではないでしょうか.
今回はそんな「装具」の中でも,主に歩くためのリハビリで使われている.最も基本的な装具の1つである,SHB(シューホーンブレース)という装具について,その使用する目的や使用上の注意点をお話していきます.
他の装具を使用している方でも,このSHBと共通する部分は多くあるので.特に短下肢装具を使用している方はご覧頂けると嬉しいです.
SHBは短下肢装具(AFO)という,膝から下の足部を覆う装具です.プラスチック製のものなのでプラスチック短下肢装具(P・AFO)という分類がされます.
SHB(シューホーンブレース)はその名前の通り,シューホーン(靴べら)型で足の裏と後方を覆うような形状からそのように呼ばれています.
短下肢装具の中で最も基本形ともいえる装具で.主に「足関節」に影響を与えています.
プラスチックによって足を覆うことで,「固定」を行ったり.足を動かした時に,プラスチックが「撓む」事を利用して足関節の動きを助けます.
装具に関わらず,身の回りにある道具が.「どんな役割」をもっていて,「何を目的」にして使うものなのか?という事を知るのは非常に重要です.SHBという装具に関して言えば,治療という自身の今後にも関わる事ですよね.
短下肢装具を使用する目的はいくつか挙げられますが.その中でも代表的な使用目的について触れていきましょう.他の装具でも全体として共通する部分が多いので,SHBは「装具」というものを知るうえで「こんな役割がある」と分かりやすい装具とも言えます.
装具に関わる専門家も,装具を学ぶときは「SHBから」という事が多いかもしれません.
装具そのものについては,→記事も一緒に見て頂くと分かりやすいかもしれません.
SHBの主な目的は
として使用される事が多いでしょうか.
1つずつ簡単に見ていきましょう.
1つ目は「固定」についてです.
足首の周りがプラスチックに覆われていれば,足関節が動かしにくくなるのは想像しやすいですよね.
プラスチックの硬さや厚みによって.全く動けない位に固定するのか.少しプラスチックが撓む程度に固定するのか変わってきます.
どの程度の強さの固定が必要なのかは,その目的によって変わってきます.例えば,足関節を構成する「骨や筋肉や靱帯」といった組織が損傷した時には,安静を保つために固定するというのは分かりやすい例ではないでしょうか?
骨折をした時にギプスで固定している方を1度は見たことがあると思います.「安静を保つための固定」という意味で同じ目的を持っています.
ギプスは専用の器具がないと取り外し出来ませんが,SHBはベルトで固定しているので取り外しが出来ます.
これは,特に夏場など外して洗える事を考えると衛生面も含めて大きなメリットがありますが.
万が一,外しているときに.衝撃が加わってしまうと危険というデメリットでもあります.
長期間の使用が見込まれる場合には,「固定」を目的としたSHBが使用される場合がありますね.安静を保つための固定はSHBだけでなく多くの装具の目的となっています.
2つ目は「変形の矯正・予防」についてです.
主な目的として使用する場合もありますし,他の目的の副次的な効果として「変形の矯正・予防」を行っている場合もあります.
その原因は様々ですが,神経が正しい命令を出すことが出来なかったり.筋肉が上手に働かないと.足の動きはアンバランスな状態となってしまいます.
そのままの姿勢で動かせずにいると関節が固まってしまい,立ったり歩いたりが難しくなってしまいます.
変形を矯正,もしくは起こる可能性のある場合は予防のために.装具によって矯正力を加えます.
SHBの場合は,プラスチックという硬い素材で作成されているので.決まった形状の容器の中に足を入れるような状態となっています.
SHBを装着すると,装具を作成した足の姿勢に矯正力が働き続けるわけですね.
ただし,これはあくまで「良くない姿勢」のまま足が固まってしまうことを防ぐためのものです.SHBを着けたままで動かさないでいると,その姿勢で固まってしまいます.
症状や装具の装着の理由によるので専門家に確認していただきたいですが.足を動かしても良い場合には,たまに装具を外して,足が固まらないように動かすことも大切です.
病気やケガによって,残念ですが身体機能の一部が失われてしまうことがあります.
失われてしまった機能を補うことは,装具の重要な役割の1つです.これは機能の代償と呼ばれています.
例えば,足を浮かせた状態でつま先を持ち上げる,という機能が失われてしまっている事を「下垂足」と呼ぶのですが.
SHBが足の裏を支えることで,「つま先を持ち上げる」という機能を代償します.
これはシンプルな例ですが,SHBのプラスチックの硬さを利用して足や膝を支える機能を代償したり.プラスチックの撓みを利用して,足関節の動きを補助したりと.必要となる機能に合わせたSHBが作成されることとなります.
どのような日常生活を送っているかによって,人それぞれで必要な装具の機能は変わってきます.身体機能を代償することで,生活の活動や参加を補助することは.生活の中で使用されていく装具の大切な役割です.
上記の通り,病気やケガによって身体の機能が失われてしまう事があるのですが.機能の回復を目指して治療をしていく事の1つが,いわゆる「リハビリテーション」となります.
その1例として,歩行機能を獲得したい時にSHBは「練習道具」としての役割を担っています.
ここまで触れてきた事の組み合わせでもあるのですが.足関節の「固定」は,支持性を向上させますし.「変形を予防」する事で歩行練習を行いやすくします.足や膝関節の働きの一部を「代償」する事で,歩く動きの補助を行って練習の難易度を調整する事も出来ます.
「歩くこと」自体が,運動としても重要で.身体機能の維持などを目的に歩行練習を行う場面も多くありますが.
それとは別に,病気やケガで失われてた歩くという能力をもう一度獲得するため.「機能回復」を目的として歩く練習する,練習道具としてSHBは使用されています.
脳卒中という病気で,装具を使ったリハビリは何のためにしているの?という事について,→記事で少しお話しているので.合わせて読んで頂けると,歩行練習とSHBの関係も理解しやすいのではないでしょうか.
細分化していくと,疾患などで目的は変わってきますが.SHBを使用する大きな目的は,これらに分類されています.
装具を使う理由を知ることは,正しく使うためにも非常に大切な事だと思います.担当の専門家にしっかり確認して頂くとよいと思います.
装具を使用していく詳細な目的や,装具そのものの仕様,使用方法は.疾患や使用していく環境,治療の方針によっても変わってきます.
「正しい使い方」については,担当している専門家からお話があるかと思うので.指示をよく確認していただきたいのですが.今回は,SHBを使用していく上で共通する使用上の注意について触れていこうと思います.
道具は正しい使い方をしなければその効果を発揮することが出来ません.使い方が悪いと時には悪影響を及ぼす事すらあるかもしれません.装具も同様で,本来の目的を果たすことが出来ないだけでなく.トラブルの原因となってしまう事があります.
詳細は,装具を作成した際に専門家と「必ず確認」しましょう.
そんな中でも,日頃からチェックしておきたいのが.装具を「正しい位置」で履けているかです.
SHBは足の形に合わせて作成されていますが.履いた時に踵の後端が,しっかりと装具の中に収まっているか確認しましょう.
半透明なプラスチックで作成されている場合には,装具の外からでも踵の位置が目視で確認できます.
装具の仕様によっては,安定して立てるように地面に接地している部分を少し広くしている事もありますが.踵の後端と装具の位置が合っていない場合には問題アリです.
足がきちんと装具に収まっていないと,SHBの固定が上手に発揮できずに.膝が伸びきって反対側に曲がってしまう反張膝を引き起こしてしまう事があります.
また,足が前にズレることによって.つま先が装具から飛び出してしまう場合もあるため注意しましょう.
また,装具を正しく装着しようとしても.症状の程度によっては,反張膝や足のズレが起こってしまう場合があります.
起こっている問題が,履き方の問題なのか,症状や装具自体の問題なのか判断するためにも.しっかりと踵を奥まで押し込んで履くことを意識すると良いですね.
短下肢装具であるSHBは,歩く時に使用する事がほとんどですし,基本的には毎日使用するものだと思います.毎日SHBをつけて何百~何千歩と体重を支えていると当然消耗してきてしまいます.
装具には,「修理不能となるまでの想定年数」が定められており耐用年数と呼ばれています.小さなメンテナンスを繰り返しても,使用不能なくらい消耗してしまう可能性がある年数を定めたものです.
SHBは「1年6ヶ月」が耐用年数として定められています.
1年半使い続けると,装具は大きく消耗しているかもしれないという事です.もちろん使用状況や装具の仕様によって,消耗具合は大きく変わるので何の問題もない場合も多いです.
他の装具はもう少し長い期間が設定されているのですが.SHBは「プラスチックの撓みを利用する」という特性上,消耗が激しい場合もあるので,この期間が経過したら一度装具の様子を専門家にチェックしてもらうことをオススメします.
もしかすると,装具を作り変える時期が近づいているかもしれません.
装具の耐用年数の詳細については↓コチラの記事を御覧ください
そうは言っても,装具の作り替えが必要なのかはユーザーさんはパッと見ただけで判断することは難しいと思います.
今回は,SHBを使用していく上で特に消耗しやすかったり.致命的な破損に繋がりかねない部分について触れておこうと思います.
まず1つ目はベルトの消耗です.
SHBだけでなく,ほぼ全ての装具でベルトは最も消耗しやすい部分です.
ユーザーさんなら納得して頂けると思うのですが,結構な力でベルトを引っ張って装着していると思います.当然ベルト自体にかかる負荷も大きなものです.
特に金属の輪っか(カン)に通して止めるタイプのベルトは.金属に通した折返し部分が最も消耗します.
ほとんどの方は,いつも同じ位置でベルトを締めると思うので.そこだけが特に引っ張られやすく.ベルトの端を見ると切れ目が入ってしまっている事もあります.
またベルトの「くっつき」が悪いなと感じたら,表面を見てみると毛玉やゴミが溜まっている事が多いので,ちょっと面倒ですが掃除すると復活します.
もしチェックして異常に気がついたら,制作した病院か装具士さんに相談しましょう.ベルトは交換修理をすれば,SHBは使い続ける事ができます.万が一切れてしまうと,装具を着けられないので.気がついたら早めに対処をしたいですね.
2つ目は,SHBの接地面についているスベリ止めの消耗についてです.
これも同様に,毎日歩いていると擦れて消耗してしまいます.
また注意したいのが,スベリ止めが端から剥がれてきていないかです.
万が一,剥がれてめくれたものが.何かに引っかかってしまったら,転倒に繋がってしまう可能性があります.
装具装着時には,ベルトと共に定期的にスベリ止めに削れや剥がれがないか注意しましょう.スベリ止めの消耗だけならば,これも交換修理すれば使い続けることが出来ます.
3つ目は,起こる頻度は上記の2つより少ないですが.致命的な破損に繋がりかねないプラスチックの消耗です.
SHBはプラスチックの撓みを利用している装具ですが.長い期間使い続けて何百万という回数撓みを繰り返し続けると,必ずプラスチックが消耗してしまいます.
元のプラスチックの色にもよりますが,撓む一部分が白っぽく変色している場合は黄色信号です.
そこから更に消耗が進むと,プラスチックに亀裂が入ってしまいます.こうなってしまうと,もうSHBは装具としての役割を果たせません.
プラスチックの消耗は,SHBという装具の寿命で作り替えが必要です.もしもこういった異常を見つけたら,出来るだけ早く制作した病院か装具士に相談してください.
装具の破損だけではなく転倒などの事故に繋がる恐れがあるので注意しておきましょう.
代表的な短下肢装具であるSHBの,特徴と使用目的,使用上の注意についてお話してきました.
繰り返しになりますが,詳細については制作に関わっている医師や専門家にしっかり確認をしましょう.
まったく同じ装具でも,人それぞれに目的や装具の仕様は変わってきます.
この装具って何のためにつけるんだろう?という事を知っておくことは.装具を使っていく上で非常に重要なことです.
リハビリのために,ケガの治療のために,日常生活をおくるために,と理由は様々ですが.SHBという装具を一定期間使用する事になった時に.
今回触れたような,使用の目的や注意点を意識していただけると.装具とより良いお付き合いが出来るのではないかと思います.
多くのユーザーさんにとって,装具との出会いは分からないことだらけだと思います.制作を検討する時,完成した時,そして使っている時にも.何か不明な点がある時には専門家にたくさん質問をぶつけていただきたいです.
公益財団法人テクノエイド協会,補装具費支給事務ガイドブック,p38
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p348
日本義肢装具学会 監修,装具学,医歯薬出版,第3版,p2-
加倉井周一,新編 装具治療マニュアル-疾患別・症状別適応-,医歯薬出版,第2版,p56-