義肢装具の支給申請にはいくつかの問題がありますが.その中でも,靴・足底装具の支給に関する問題は一際大きなものです.
私がセラピストとして働いてきた10年ちょっとの間にも大きな変化がありました.
他の義肢装具と比較してみてみると.靴は誰もが必要とする生活必需品として.足底装具もインソールとして,日常に身近な存在なのではないでしょうか.
ですが,必要性が高く身近であるがゆえに.時として装具と通常の靴やインソールの基準が曖昧になってしまいます.そしてそこからいくつかの問題が起こってきてしまいます.
今回は,私が体験したエピソードを元にして靴と足底装具の支給に関する問題についてお話ししていこうと思います.
近年ではかなり是正されているため,こういったケースは稀だと思いますが.これから装具に関わる方にも,かつての出来事の注意喚起として知っておいていただければと思います.
ep1.下肢装具と靴
私が靴と装具の扱いについて,最初に「え??」と感じたエピソードが.新人だった頃に先輩からもらった装具作成時のアドバイスで.
もし他の施設で過去に装具を作成した方が.「前回作った時は、リハビリシューズも保険が効いた」と仰っていても,「今は申請が厳しくなって、そういった靴は自費での購入になりました」と伝えてあげてね,というものでした.
本当に新人の頃の出来事で,「はぁ…そういうものなんだなぁ」と考えていましたが.
装具の支給について理解してくると,おかしな話だという事が分かってきました.そもそもなぜこんな説明をする必要が出てくるのでしょうか?
冒頭でも触れた通り,靴はほとんどの方にとって外出する際を主に,生活に必須といっても良いほどのものです.下肢装具を使用する方にとってもそれは例外ではありません.
一方で装具を使用する多くの方が,装具分の嵩張りが増す事でこれまでの靴を履く事が難しくなってしまいます.
装具のタイプにかなり左右されますが,装具を着けている側だけ1サイズ以上大きい靴が必要となる場合も多くあります.
履ける靴のタイプも制限される事があり,スニーカーなどでも履くことが難しい場合にはいわゆる「リハビリシューズ」を新たに購入する事が選択肢となってきます.
下肢装具を使用する際には,装具と靴は「セットなもの」と言っても良いくらいです.かなりの確率で新たに靴を購入する必要があり,場合によっては左右バラバラのサイズを揃えなくてはなりません.
靴に対する負担はより大きなものです.
問題となる点について
問題点についてここで1つ問題として浮かび上がってくるのが,セットで必要とされる下肢装具と靴ですが.
基本的に「通常の靴自体は支給対象ではありません」
支給対象となるのは別途オーダーメイドで靴を作成する必要があるという特殊な場合のみです.いわゆるリハビリシューズなど市販の靴は保険に申請出来ない訳ですね.
そもそも,装具の支給申請にこういった市販靴に該当するような項目は存在しません.
ですがそうなると話が矛盾してきます.存在しないのであれば,冒頭でお話ししたような患者さんへの説明は必要がないです.どのような理由でこういった説明をするに至ったのでしょうか.
実際と違う申請は不正支給
事のカラクリを説明すると.かつては「装具代金に靴の代金をセットにして支給申請する」ということが行われていました.
リハビリシューズのような市販靴の項目がないため,「靴の代金相当」の支給項目を装具代金に上乗せしていたわけですね.
ですがこれは,実際とは違う内容で支給申請を行っているため.
「不正支給」にあたります.
何故こんなことが起こってしまうのかというと.「下肢装具とそれにあった靴はセットで必要」という点に起因します.
装具を作成した際には,必ずといっていいほど新たに靴を購入しなくてはなりませんが.靴も装具の代金とセットにしておけば,支給申請して靴の代金も自己負担分以外の割合が戻ってくるというもので.
ある意味で「ユーザーさんの自己負担を,ちょっとでも少なくしたい」と思っての良心の部分もあるのですが.どれだけユーザーさんのためであろうと.
不正は不正です.
不正支給によって起こる弊害
このような方法を取ると,ユーザーさんは靴代の自己負担が少なくなりますし.
装具制作会社としても,結局必要だから購入となる靴代が.自費になるか申請するかで売上に変化はなく,ユーザーさんが喜んだほうが…と思うかも知れません.
使用者サイドは全く痛くありませんが,支給側からすれば不正支給による医療費の圧迫は,到底見逃せるものではありません.
当然,こういった申請は厳しい目でチェックされるようになり.不正な申請は弾かれるようになったため,こういった事案はほぼ起こらなくなったのではないかと思います.
ですが,その一方で別の弊害が出てきてしまいます.
「下肢装具と靴がセットとなった支給は悪」という印象が保険者側についてしまったため.
真っ当に,下肢装具と靴側装具を組み合わせた装具が必要であったり,下肢装具に加えて靴の加工を行う必要があった方の支給申請まで弾かれ始めてしまいました.
また別の機会に触れていきますが,靴型装具の支給については多くの問題を抱えているため.
「靴がセットになっている」というだけで,支給申請が弾かれるようになってしまったのですね.
保険者さんによっては,意見書の病名や申請された装具の構成から.それが真に必要な装具なのかを精査出来ないこともありこういった事が起こってしまいます.
「ちゃんと精査してくれよ!」といいたいところではありますが.元を辿れば不正支給を繰り返していたことが原因です.
「ユーザーさんのために」という大義名分が存在していたのかも知れませんが.
結局は別のところで,真っ当に装具支給申請をしている方の,申請が通らなかったり,申請の差し戻しで給付が遅れるのは.装具の額が額なだけに大きな不利益を被ることとなります.
また,正当に処方された装具であることから.支給申請が通る前提で話を進めていたものが.
作ったはいいけれど,申請が通りませんでしたというのは大事です.金銭的な問題も大きいですが,ときには治療方針や医療機関への不信感へ繋がってしまうこともあります.
実際ユーザーさんは困っている
そうは言ったものの,実際に装具ユーザーさんの靴に関する負担は大きく殆どの方が困っています.
「市販の靴は誰だって自分で買うもの」という事なのでしょうけれど.
もしお気に入りのスニーカーがあっても,装具を使用していたら1サイズ上の靴でないと履けない場合には.2サイズの靴を購入する事となってしまいます.
余ったバラバラのサイズの靴と2倍かかった費用は一体どうすれば良いのでしょうか…
しかも靴は1足だけという訳にはいきません.TPOに合わせて違った靴が必要となる事もあるでしょう.時として装具を使用される方の靴は通常よりも大きく消耗してしまいます.とても1足でまかなえるものではありません.使わなかった靴の組み合わせが積み上がっていくというのは悲しい話です.
幸いいわゆるリハビリシューズは,片方ずつバラ売りされている事がほとんどなので.サイズの制限なく他の靴を選択できる限られた方以外の多くが,リハビリシューズを選ぶこととなっています.
昨今では,リハビリシューズもかなり見栄えがよいものが増えてきていますし.
スニーカーにも履く方のことを非常に考えた上に,見栄えも抜群なものが登場していますが.やはりサイズの問題があります.
靴に加工を行う必要がある方にとっては,必要な加工がされた靴を何足も揃えるのはかなりの負担となってしまいます.
バラ売りしてくれないかなぁと願いつつも,装具を使用する方の靴には何かしら補助が欲しいなと思うのが実情です.
「ルール」を守ること
下肢装具と靴に関する不正支給に関するお話をしてきました.
実際私自身も「何件も」と言っていいほど,前作った時は保険が効いたのに…という方に出会ったことがあります.
その度に,内心では(それ不正支給なんだけど…)と思いつつも.何年も前に別施設で作成された装具に,今更どうこう言いづらく.現状の説明に注力していました.
不正支給についてスルーしていたという意味では私も同罪かも知れません.
それは現実に私自信にも返ってきて,数年後に「下肢装具と靴型装具が必要」という方の支給申請が通らず.義肢装具士・医師・リハビリスタッフ共に,保険者への説得と患者さんへの説明に奔走するということが何度もありました.
この下肢装具と市販靴の不正支給は10年以上前のお話なので,現在では起こっていない事だと思いますが.(他にも理由があるものの)現在でも保険者の装具と靴への厳しい目は変っておらず,正当な申請まで弾かれてしまう事があるのが現状です.
最大の被害者は,不正支給とは全く関係ない真っ当な申請をしているユーザーさんです.
ルールの曖昧さを利用して悪さをしていると,当然全体的に厳しいルールとなって無関係な大多数が不利益を被るという構図は昨今よく目にしますが.
「ルールというのはそういうもの」なのだと思います.ルールが適切に運用されるようになるまでの戒めとして,よく覚えておかなくてはならないですね…
次回も引き続き,靴と足底装具の支給に関するお話をしていきたいとおもいます.
参考資料
公益財団法人テクノエイド協会,補装具費支給事務ガイドブック,p38
治療用装具療養費に関する 不正請求事案について – 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000545367.pdf
保医発0209第1号 平成30年2月9日 地方厚生(支)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken13/dl/170213_02.pdf