「治療のために装具が必要です」というのは,多くの方にとって突然の事で.怪我や病気の際に医師や専門家から,初めて聞く事が殆どだと思います.
そもそも装具って何?という所から始まり,何のために着けるのだろう?という説明が,順を追ってされていくのではないでしょうか?
今回は「脳卒中」という病気で,歩行の練習を目的とする装具について.「リハビリで何のために使っていて,なぜ必要なの?」という事を.
装具についてあまり知らない方にもお伝え出来るように,お話していきたいと思います.
装具のお話をする上で,脳卒中という病気について簡単に触れていきます.
脳卒中は,脳の血管が詰まったり破れて出血してしまうことで.脳に栄養が届かなかったり圧迫されてしまい,脳に障害が起こってしまう病気です.
脳はその部位によって役割が決まっていて.運動や感覚,五感や呼吸などそれぞれ機能を支えていますが.脳卒中によって脳の機能が障害されると,その部位が担っていた役割が障害されてしまいます.
運動を司っていた部分が障害されてしまうと,手や足を動かしたり,歩いたりする事が上手に出来なくなる運動障害が起こります.
障害される部位によって,起こる症状は変わってきますが.脳が手や足を動かそうとする時に,正しい命令を出すことが難しくなってしまいます.
一度破壊されてしまった脳の組織そのものは,残念ですが基本的に回復する事はありません.
ですが,脳は症状の程度によりますが.回復の過程で,障害されて失われてしまった機能を,脳の他の部分で補うような働きがあります.
脳卒中という病気によって,失われてしまった機能を.病気の回復の過程に合わせてもう一度獲得していく「再学習」は,脳卒中のリハビリの中で重要な要素の1つです.
「歩く」という手足を動かす命令が上手に出せなくなった脳に.もう1度「歩くってこういう動き」という命令が出せるよう練習していきます.
脳卒中リハで行われる歩行の練習は,歩行の再学習を目的の1つとしています.
装具そのものがどういう物なの?という事に関しては,ぜひコチラ→の記事も読んで頂きたいのですが.
装具を使用する場合には,いくつかの目的があって使用されます.
と言われているのですが.
骨折や捻挫した部分を固定したり.骨の変形を矯正したり予防したり.体重がかかるとダメな時に,それを支える.
というのが主な役割です.
ギブス固定などは想像しやすいでしょうか?装具も同様の役割を持っています.
脳卒中の歩行練習で使用される装具は,足や膝など関節の固定を行います.
ですが,ギブス固定が.その固定する部位の安静を目的としているのに対して.脳卒中の装具が固定する理由は,足を安静に保つためではありません.
脳が正しい命令を出せず,足が良くない姿勢でずっといるとそのまま固まってしまうので.そういった「変形を予防する」という理由が1つ.
そして歩行練習をする上で,最も重要なのが「運動の再学習を補助する」ことが1つです.
ですが,右の絵を見てもらっても分かる通り.装具の種類によっては足のほとんどが覆われています.
時には,足や膝の関節が完全に固定されていて.一見すると足の動きを邪魔しています.
そんな装具が,歩行の再学習をする際にどんな役に立っているのでしょうか?少し分かりやすいような例を出しながらお話していきましょう.
なにか新しい事を出来るようになるためには,その練習が必要です.
練習の中で必要となる様々な動きを身につけて,続けていくうちにだんだん出来るようになっていく過程は.誰にでも経験があるのではないでしょうか?
目的にあった身体の動かし方を覚えていく過程は.誰しも経験のある運動を獲得するという事と.脳卒中という病気で失われた機能を,もう一度獲得する事で共通点があります.
一方で,これもまた経験があると思うのですが.
あまりにも難しい課題の練習に取り組むと.その難易度が高すぎて「なかなか上達しない」という事があるのではないでしょうか?
運動の練習をする時には,適度な難易度の練習をしていく事が大切.という感覚は,普段生活している中でもなんとなく理解している事ですよね.
装具は,この「適度な難易度の練習をするために使われている」と言っても良いです.
少し分かりやすいように,「自転車に乗る練習」を例にしてみましょう.
個人差はあると思うのですが,いきなり自転車に乗って漕げる人はいないですよね.少しずつ練習をして,だんだん上達していくと思います.
そんな練習の中で,使われる道具として.自転車の「補助輪」がありますが.運動学習において装具はまさに,この補助輪と同じ役割を担っています.
皆さんは,自転車の補助輪というものに.どのような印象を持っていますか?
単体で見ると,「自転車が倒れないようにする補助の道具」という認識でしょうか.
ですが少し見方を変えてみて,運動学習という点に主眼を置くと.
全部をいきなり上手に練習するのは難しいので,まず左右のバランスは補助輪に任せて.
適切なスピードでペダルを漕いだり,ハンドルを操作する学習に集中出来る補助器具と言えるのではないでしょうか.
そうして,ペダルやハンドル操作を獲得したら.補助輪を外して,補助輪がやってくれていた左右のバランスを取るという課題に取り組んでいきます.
考えようによっては,補助輪は自転車の左右の傾きを妨害する邪魔者ですが.適切に使用すれば,難易度を調整して効率が良い練習が出来ます.
何かを練習する時に,難しすぎるなら.段階を踏んで1つずつ練習していくという事は.実生活の中でもよく行われる練習方法ですよね.
自転車の補助輪を見たあとで,改めて装具をみてみると.その役割も少し理解しやすいのではないでしょうか?
どの程度の「補助輪」が必要かは.脳卒中の症状によって大きく変わってきます.
もし最初は立つことも大変な方が,歩く能力を再獲得しようとする場合には.身体の全部を,いきなり自身でコントロールして歩く練習をするというのは.あまりにも難易度が高すぎます.
そんな時に,膝や足関節を固定する事で.自分で動かす必要を無くせば,体幹と股関節を動かす練習に集中することが出来ます.
そうして少しずつ,歩行をする身体の動かし方の命令を脳が学習していくのに合わせて.補助輪である装具を外したり,大きさを変えることで.最終的には歩行を自身の力だけで行う練習をして身につけていきます.
これが,脳卒中で歩行を練習する際に装具を使用する目的です.
一見すると,足や膝を自分で動かす邪魔をしていますが.一部の動きを装具にお任せする事で,先に獲得したい練習に集中する事が出来ます.適度な難易度に調整している訳ですね.
脳卒中リハビリの装具は
「歩くためにつける道具」ではなく,「歩くための能力を再学習するための,練習を助ける道具」と言えますね.
こういった治療の過程で使用される装具を「治療用装具」と呼びます.脳卒中の歩く練習を目的とした装具の大前提は,このような理由が根本にあって使用されています.
多くの方が体感しているであろう「何かを出来るようになりたい」と思って練習する中で,行われている方法と考え方は根本的には同じですよね?
リハビリで用いられる装具は,着けると歩けるようになる事も勿論大切なのですが.「装具を使ってどんな練習をするのか」の方が遥かに大切です.もし自転車の補助輪がずっと外せなかったら,練習方法に問題はなかっただろうか?と振り返る必要が出てきますよね.
補助輪とは言ったものの実際は専門知識が必要で,義肢装具士という装具の専門家が作成し,セラピストなどリハビリの専門家が装具を使用して難易度を調整し.学習したい目的の練習を,更に効率よく行えるように補助しながら行われます.
失われてしまった「歩く」という能力を,もう一度脳が獲得する学習を効率よく行うための補助器具として,装具が役割を持つ時に.その必要性はとても大きなものとなるのではないかと思います.
日本義肢装具学会 監修,装具学,医歯薬出版,第3版,p2-
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p189.215.231
加倉井周一,新編 装具治療マニュアル-疾患別・症状別適応-,医歯薬出版,第2版,p56-
最強の回復期リハビリテーション- FIT program
http://www.fujita-hu.ac.jp/~rehabmed/contents/n_md02/reha02sub/book_fit2.html