数ある装具のなかでも,比較的身近なものであるコルセットですが.
腰痛やぎっくり腰の時に役立つものという事は知っていても.コルセットがどのような働きをしているのかは,あまり知らない方が多いのではないでしょうか?
なんとなく,「固定する」「締めつける」もの,というイメージはあると思うのですが.今回はコルセットがしている,「固定する」という事に関するお話です.
「コルセットを着けると動きにくくなる」と考える方が多いのではないかと思いますが.
それはその通りで,動きを邪魔するためのものです!
見方によっては邪魔者であるコルセットが,どんな目的で,どんな役割をもっているかについてお話していきます.
背骨(脊椎)は,椎骨という骨がいくつも積み重なって出来ています.
この骨の中心を脊髄という神経の塊が通り.骨と骨の隙間から全身に向けて神経が通っています.
腰や背中の病気や痛みの中には,この脊椎と神経由来のものが多く存在しています.
骨と骨の隙間が少なくなって,脊髄や神経を圧迫してしまえば痛みや痺れの原因となりますし.もし,椎骨が骨折してしまえば,神経の通り道を圧迫する原因にもなりえます.
例えば,脊椎圧迫骨折という脊椎が骨折した疾患の場合.背骨を曲げるような動きをすると,背骨が潰れるような力が掛かってしまい症状を悪化させます.
コルセットはこういった,脊椎が動くことで症状が悪化する.または組織の回復を阻害するような動きを.固定することで制限することが目的の1つとなっています.
「固定する」と聞くと動きにくくなると思う方も多いでしょうけれど,症状を悪化させる「動きを邪魔する」ことが目的となるわけですね.今の疾患にとって,どういう姿勢をとる事は問題がなくて,どういう姿勢をとるとマイナスになるのか…という事を知っておくのは.コルセットを使っていく上でもとても重要なことになります.
「固定」や「制限」は,視点を変えると「安静」や「安定」を得ることに繋がります.
もし,「固定」を目的として使用したコルセットをしているのに.「全く動きを邪魔していない」のであればそちらの方が問題です.症状の改善につながる動作の制限をしつつ,不要な邪魔はしないというのが理想となりますね.
脊椎は
で構成されており.
体幹の動きというのは,これらの骨の関節1つずつが連動して動くことで出来ているものです.
脊椎の病気や怪我の場合,その動きによっては負荷がかかってしまうというお話は先程の通りですが.では,そういった良くない動きをどう防げばよいのでしょうか?
たとえ,原因となっている脊椎の場所が分かっていても.自分の意思でその関節だけ動かさないというのは至難の業です.
コルセットは,脊椎の動きを固定する役割を持っているのですが.そのメカニズムを説明していく上で.
少し分かりやすいように,脊椎とその土台となっている骨盤を.倒れそうになっている,不安定な椅子と重ねた積木に見立ててお話していきましょう.
もし不安定な場所が分かっていれば,まずはその部分を押さえるのではないかと思います.
ただ,一箇所だけ押さえても.他の部分が動くと崩れてしまいます.
積木は全体的に押さえなくてはなりません.
それでも土台である,椅子が動くと.上の積木も動いてしまいます.
椅子をしっかり押さえた上で,積木を押さえれば安定させる事ができます.
これはコルセットでも同様のことが言えます.
脊椎の固定の場合は,もう少し事情は複雑です.
身体の外から,1つの背骨の関節を固定するのはほぼ不可能で.手術(脊椎固定術)などでは,椎体間の固定を行うことが出来ますが.コルセットで脊椎の動きを固定するためには,ある程度の範囲を押さえる必要があります.
先程の例と同様に,脊椎だけを押さえても脊椎全体での動きが起こってしまいます.土台となっている骨盤も一緒に固定することが.脊椎の動きを制限するために必要です.
どの程度,脊椎の動きを制限する必要があるのかは.疾患によって変わってきます.多少動いても良いケースもあれば,動くとリスクがある場合もあります.
もししっかり固定する必要があるならば,相応に身体を覆うコルセットが必要なのですが.もう1つ重要なのが,疾患の原因となっている「動かしたくない場所はどこなのか?」という点です.
先程お話したとおり,土台である骨盤を支えるのが基本となり.その原因となっている部位を覆うようなコルセットが固定のために必要です.
脊椎の下の方に原因があれば,コルセットの丈は短くて済みますが.脊椎の上の方が原因の場合には,そこを覆うために丈の長いコルセットが必要となってくるわけですね.
もう1つ固定でポイントとなるのが,どこを押さえるかです.先程から登場している土台となる「骨盤」は,身体の外側からでも比較的触ることが出来る部分が多く.コルセットの力を骨盤に伝えやすいです.
ですが,腰骨を固定しようとすると.骨が触れるのは背中のわずかな部分だけで.それ以外はお腹の柔らかい部分です.
まるで水風船越しに力を加えるような形になるので.どれだけ固定しても,水風船の中で動いてしまい脊椎をしっかり固定するのが難しくなってしまいます.
そこで注目するのが「肋骨」です.
肋骨も身体の外から触りやすい骨ですが.肋骨は胸椎と繋がっており,肋骨を介して脊椎に固定の力を伝えることが出来ます.
コルセットの下側では,土台である骨盤に.コルセットの上側では,肋骨を介して脊椎に固定を行うことで.腰椎の固定を行います.
必要な脊椎の制限にもよりますが.これが固定の必要な「腰椎コルセット」の基本形となっています.
コルセットは多くのタイプがありますが,支柱などが入ったコルセットでは.骨盤を土台として脊椎の動きを制限することで.脊椎に安静と安定をもたらします.
今回お話してきたとおり,コルセットの目的の1つは.動きを邪魔して,症状を悪化させたり回復を妨げる動きをさせないことです.必要な制限であるならば,邪魔に感じるのは当然の事ですね.
どれだけの制限が必要かは,疾患やその状態,日常生活での負荷,今後の治療方針など様々な要素を検討して医師が判断することとなります.
コルセットを使っていくうえで1つ大切なことが,「何のために着けているのか?」を知ることです.その理由を知る事無くただ着けろと言われても.「ただ邪魔なもの」になってしまいます.医療者はしっかりそれをユーザーさんにお伝えしなくてはなりません.
今回は,コルセットにするイメージの1つであろう「固定する」についてお話しましたが.次回は,もう1つのよくあるイメージである「締めつける」について,その理由とメカニズムについてお話していこうと思います.
同様の内容を動画内でもお話しているので併せてご覧ください
日本義肢装具学会 監修,装具学,医歯薬出版,第3版,p119-
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p215
加倉井周一,新編 装具治療マニュアル-疾患別・症状別適応-,医歯薬出版,第2版,p231-
Donalf A.Neumann,筋骨格系のキネシオロジー,医歯薬出版株式会社,第2版,p341
公益財団法人テクノエイド協会,補装具費支給事務ガイドブック,p38