数ある装具の中でも,とてもポピュラーな装具と言って良いコルセットですが.意外とどんな働きをしているのか知らない事も多いのではないでしょうか.
前回はコルセットによって「固定」をして.治療の妨げや症状の悪化に繋がるような「動きを邪魔する」という働きについてお話してきました.
今回お話していくのは,コルセットの役割の中でもう1つ重要なものである「締める」ことについてです.
コルセットのイメージには,「動きを邪魔する」とともに「締め付けが苦しい」といったものもあるのではないでしょうか.
コルセットを締めるのには,どのような理由があるのかお話していきます.
前回の記事でお話した,コルセットでの「固定」も大いに関わってくるお話なので.ぜひ前回の記事も併せてご覧頂ければと思います.
コルセットは「固定」や「制限」を加えることで,背骨(脊椎)の「安静」や「安定」を得ることが1つの目的となっています.
症状を悪化させたり,治療の妨げになるような動きを制限することが,コルセットの役割の1つです.コルセットを「締める」理由には,脊椎の動きをしっかりと制限するというものがあります.
「締める」と「固定」される,というのは.想像がしやすいのではないでしょうか?
コルセットを「締める」のは,身体を覆う「筒の太さ」を変えているのと同じです.
筒がゆるい状態だと,中に動くゆとりが出来てしまうため.しっかりと脊椎の動きを固定したり制限することが出来なくなってしまいます.
筒が緩ければコルセット自体もズレやすくなるため.本来支えるべき場所からもズレてしまうかもしれません.
コルセットを「締める」1つの目的は.前回お話した脊椎の制限や固定をする事を目的としたコルセットが「しっかりと機能するため」という,とてもシンプルなものになります.
コルセットを締めるのには,もう1つ重要な理由があります.これは主に腰骨(腰椎)に疾患がある場合に用いられる「腰椎(と仙椎)コルセット」で力を発揮します.
それは「腹圧」をかける事です.あまりピンと来ないかもしれませんが.強い固定を行わない「ダーメンコルセット」や「仙椎バンド」などは,この働きがもつ役割がとても大きくなっています.
まず「腹圧」をかけるって何?というお話からしていきましょう.腰骨(腰椎)のある場所は,いわゆる「お腹」にあたる部分で,筋肉・脂肪・内蔵などの柔らかい「軟部組織」が殆どです.
固くてしっかり固定出来る部分は,背骨(脊椎)だけなので.腰椎をしっかりと固定するのは,意外と難しい部位となっています.
そこで登場するのが,コルセットのもう1つの役割である「腹圧」を高める事です.お腹の軟部組織に圧力を加えることで,脊椎の安定・安静を保つ効果があります.
お腹の軟部組織は,「ゴムボール」のような存在です.
押せば,形を変える事が出来るほど柔らかいですが.
全体から力を加えると,圧縮されてそれ以上握りつぶすことが出来ない程に固くなります.
お腹の軟部組織も同様に,力を加えて圧縮すると.固くなったゴムボールのような状態になります.
お腹の軟部組織は周囲を,骨盤・肋骨・脊椎などに覆われて容量が決まっています.
お腹を前からグッと押すことで,お腹の軟部組織は固いゴムボールの状態となり.その固いゴムボールを介して脊椎に力を加える事が出来ます.
このお腹を押す力が「腹圧」と呼ばれるものですが.コルセットを締めることで,お腹の軟部組織が押されて「腹圧を高める」役割を担っています.
「腹圧を高める」ことによって得られるメリットはいくつかあります.
1つは,骨盤や肋骨など体表から触れることが難しい腰椎部分でも.腹圧を高めた固いゴムボールを介して,腰椎に力を加えることが出来ます.
コルセットの背面の支えが壁となり,前後からサンドイッチするような力が脊椎に働きます.脊椎の位置を整えたり,動きを制限したり,安静を保ったりと.治療を行う上で重要な役割を果たします.
もう1つの大きな効果が,前後からサンドイッチする力が,脊椎を支える力になるという事です.
ゴムボールと壁の間に,積木を挟んでボールを押し付けると.積木を落とさずに支えることができると思います.
重力によって,椎体1つずつに掛かる体重を緩和するため.椎体や,椎体の間にあるクッション(椎間板)に掛かる重みを少なくする事ができます.
また,この「脊椎を支える力」によって.椎体と椎体の間に隙間を作ることが出来ます.
腹圧を高めることによって得られる効果は,実際脊椎に与える影響は「微々たるもの」なのですが.その僅かに緩和された荷重や,僅かに広がった隙間によって.脊椎と脊椎の間を通る神経の通り道が広がり,神経の圧迫が少なくなると,痛みが軽減される場合があります.
この「腹圧を高める」ことで出る力は,姿勢によって大きさが変わってきます.特に重いものを持つような「かがむ姿勢」を取ると働きが大きくなります.
疾患や症状に合わせて「腰椎コルセット」を使用していく上で,締める事で「腹圧を高める」という役割は大きな物となっています.
コルセットを締めることによって得られる「腹圧を高める」効果ですが.
本来であれば,その役割は「腹筋」が働くことでお腹を圧迫して腹圧を高める事で行われています.
腰痛の予防や改善に,「腹筋の力が大切」というのはよく聞くのではないかと思いますが.その理由の1つとなっています.
出来ることならばコルセットを使わずとも,腹筋の力で腹圧を高めることが理想ですが.現実にはそうもいかないことが多くあります.
姿勢や,腹筋を使う意識は.短い期間でも多少改善することが可能かもしれませんが.筋力に関しては,改善するにはある程度の期間が必要です.
腰の疾患によって痛みなどの症状がある事がほとんどで.そこから腹筋を鍛えようとするのは簡単なことではありません.日常生活や仕事中に症状があって困っている状況で,「筋力を鍛えましょう」という訳にはいきません.
症状の悪化の恐れがある疾患では尚更です.
症状が落ち着くまでの期間はコルセットの力を使い.リハビリを進めながら,将来的にはコルセットなしでも生活できるような状況に移っていくことが求められます.手術後に使用されるコルセットでもそれは同様です.
どのタイミングでコルセットを使い,どのタイミングで外すかを判断するためには.医師の判断が重要となってきますね.
コルセットを「締める」事による役割と必要性は,ここまでお話してきたとおりですが.そうは言っても,「締めると苦しい!」というのが着けた時によくある感想だと思います.
「締める」必要があるのですが.どのような点に気をつけて締めれば良いのでしょうか.
重要なのは「なぜ苦しいのか」です.
ここまでお話したとおり,コルセットの役割は症状を悪化させたり治療の妨げとなるような姿勢を取らない事にあります.
苦しいと感じるのは,良い姿勢を保持するためにコルセットが支えているからです.
もし,苦しいと感じて際限なくコルセットを緩めてしまい.症状を悪化させるような姿勢になってしまうと,「コルセットを着けている意味」がなくなってしまいます.
一方で,純粋に「締め付けが苦しい」場合もあります.特に食後はお腹が膨れるので苦しくなってしまいます.
あまりにもお腹が圧迫されると気分が悪くなってしまうかもしれません.そういった時には,上の方のベルトを少し緩めてあげましょう.
骨盤を支える土台となる,下の方のベルトがしっかり締まっていれば.ある程度固定力を保つことが出来ます.
また,コルセットを締めて腹圧を高めるという事は,内蔵を圧迫することとなります.内臓に別の疾患がある場合にはあまり締めすぎると悪影響があるかもしれません.
そういった点も含めて,コルセットを処方された時には「どのように使えばよいのか」を主治医や専門家によく確認する必要がありますね.
コルセットを「締める」という事の役割についてお話してきました.どれだけ締めるのかによって,コルセットの働きそのものが変わってくるという事が分かっていただけたでしょうか.
本当に大切なのは,「なぜコルセットを着けているのか」をきちんと知っておくことです.どんな姿勢を取るのが悪影響なのか理解していれば,コルセットをどれだけ締めればいいのかも分かってくるのではないでしょうか.
一日中,ギューギューに締め付けれられるのは苦しいので.休憩中や食後など状況に合わせて適宜緩める事が必要ですが.際限なく緩めてしまうと,全く効果のないコルセットとなってしまいます.
もし,コルセットが処方された時には.「何が良くて何が良くないのか」をよく確認していただくと,より良い締め具合でコルセットを使用できるのではないかと思います.
同様の内容を動画内でもお話しているので併せてご覧ください
日本義肢装具学会 監修,装具学,医歯薬出版,第3版,p119-
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p215
加倉井周一,新編 装具治療マニュアル-疾患別・症状別適応-,医歯薬出版,第2版,p231-
Donalf A.Neumann,筋骨格系のキネシオロジー,医歯薬出版株式会社,第2版,p341
公益財団法人テクノエイド協会,補装具費支給事務ガイドブック,p38