義手の機能的な分類を解説しながら,その義手にまつわる背景をお話していきます.
今回は,特定の作業に特化した義手である作業用義手と,作業用義手に大きく関わりのある労災保険についてです.
今回の記事は,義手の機能分類に関しての第3回目です.少し長くなってしまうのですが,特に前回の能動義手に関する記事を是非ご覧いただいてから.今回の記事を読んで頂くと分かりやすいのではないかと思います.
装飾用義手について
能動義手について
義手の機能的な分類
ここ義手の機能的な分類についておさらいしていきましょう.
手という機能を補うためには,それだけ多くの機能が必要とされますが.冒頭で触れたとおり,残念ながら全てのニーズを満たすような義手はまだ存在しません.
今ある身体の機能や,社会生活を送る上で必要な機能,本人のニーズなどに応えるために.義手には様々な種類とそのためのパーツががあります.
特に「手の部分」を担う,手先具と呼ばれるハンドやフックは.その義手の機能を大きく左右する違いがあります.義手の機能的な分類は,手先具の違いによる分類と言っても良いですね.
義手の分類は大きく分けてこの4つで
- 装飾用義手
- 作業用義手
- 能動義手
- 電動義手
に分類されます.
今回はこの中の,作業用義手について解説していきます.
能動義手に出来る事と難しい事
能動義手の記事でも触れたのですが.自身の身体の力を使って操作する義手では,状況に合わせて様々な動きをする本来の「手」の機能と比較すると.ほんの一部の動作を代償しているに過ぎません.
そんな一部でしか無い能動義手の動作ですが.それでも「物を掴む事が出来る」というのは,様々な動作を行う上で大きなプラスです.
掴む,摘む,押さえるといった簡単な作業は義手でも可能となりますし.
片側が義手の場合に限りますが,単純な動きは義手側で,複雑な動きは手で,と役割分担をすることで.両手が必要な作業も可能となります.
一方で,難しい動作が多いのも事実です.
義手の操作が行いにくい.義手を頭上や背中側に回しての作業は能動義手では困難ですし.両手での複雑な作業が求められる場合には,能動義手のハンドやフックを操作するのでは対応出来ないかもしれません.
そしてもう1つ困ってしまうのが「道具」を使用した作業です.
家の中,職場の中を見回しただけでも.私達の生活で行われる作業には,道具の使用が溢れているかがわかると思います.
能動義手のハンドやフックでは,そういった数ある道具を使用しての作業が難しい場合があります.
道具の使用時には,道具を使用していない方の手でも複雑な動きを行っている事が多くあります.「道具は義手ではなく,反対の手で使えばいい」というのは,1つの方法ではあるのですが.両手での作業の場合ではそういう訳にもいかない事があります.
例えば手作業での稲刈りを一例にすると
「鎌を持って稲を切る手」と「稲を束ねて握り,収穫する手」が必要となります.
鎌さえ持てれば,「手」の動きとしては単純な道具側に対して.収穫側は「手」を開いて閉じてと多くの動きが必要です.
数回なら義手側で掴んでいても良いかもしれませんが,仕事で行われるこういった作業は.数十回,数百回が毎日続くことを考えると,負担はあまりにも大きいです.
特定の道具を使うことに特化した義手があれば.「道具を使う手」を担うことが出来るため.反対の手に複雑な動きを任せることが出来ます.
そうした特定の作業に特化した義手が「作業用義手」と呼ばれています.
作業用義手
作業用義手はその名の通り,特定の作業を行う事を目的としており
とされています.
作業用義手の機能
作業用義手の構成は,その目的によって様々ですが.作業のみに使用する事だけを考えて作成された「作業用義手」では,肘継手などの角度は任意で固定出来るような継手が使用され.大きな負荷にも耐えられるような,シンプルで強固な骨格構造の義手であることが多いです.
また,もっとも重要な手先具は.特定の作業に合わせて,「鎌や鍬を持つ」ために道具を固定できたり.机上の作業で「物を押さえやすい」形状になっていたり.特定のモノを「手先具で固定」し運びやすくしたりと.状況に合わせて様々なタイプのものがあります.
状況に合わせた手先具の交換
作業用義手のデメリットは,メリットの裏返しでもあるのですが.外観を気にせず作業に特化した義手であるという事です.作業用であるがゆえに手先具の外観は手の形状から大きく離れているものも多く.義手の1つの役割でもある外観は良いものであるとは言えません.
後記しますが,装飾用義手と作業用義手を使い分けるという方法もあるものの.それが出来るのは義手を2つ持っているという条件を満たした方です.
そのため,外観という弱点を補うために.作業用義手の手先具は,その他の装飾・能動の手先具と交換できるような方式とする場合があります.
作業の内容に合わせて作業用の手先具を交換することも出来るため.それぞれの手先具のメリットを活かすことが出来ます.
1つの義手で,いくつかの義手の機能を兼用することが出来るわけですね.
上肢切断の原因と支給制度
義手と仕事で必要となる作業は,非常に大きな関わりがあります.
義足が必要となる理由が,病気や交通事故など様々な原因で起こってしまうのに対して.
義手が必要となる,切断の原因の7割程度が仕事上の事故が原因となっているからです.
仕事中の受傷が原因の場合には,義肢装具は労災保険から支給されます.
「仕事」をしていて「仕事」が出来なくなった方が,「仕事」に復帰出来るように
というのが,労災で支給される義肢装具の大きな目的となります.
通常の健康保険の場合では,原則として決まった期間内で義手の処方は1部位に対して1つまでですが.労災保険の場合には円滑な仕事復帰のためのサポートとして,1部位に対して2つまで義手が支給されます.
この理由の1つとして,作業用義手は大きく関わっています.
前記の通り,作業用義手は特定の作業を行う事に向いた義手ですが.同時に外観などでは他の義手に劣る事もあります.
仕事だけを考えれば,作業用義手が良いけれど.日常生活の外観を考えると他の義手の方が…となり,仕事を犠牲とする選択肢しか取れないとなると.
仕事の復帰を目的とした労災の義手支給は,本来の目的を果たす事が出来ません.
「1つは仕事の復帰のために,もう1つは日常生活を」という意図もあり.労災で支給される義手のうち1つは,仕事復帰を目的とした能動義手や作業用義手を選択し.もう1本つは日常生活で使用しやすい装飾用義手などが選択される場合があるのですね.
まとめ
作業用義手は,特に仕事に関わる特定の作業に特化した義手でした.
労災との関わりも非常に強い義手でしたが.そこには,出来るだけ元の職場に復帰して欲しいという願いが込められた義手でもあります.
障害をおった事で,元々の仕事の継続が難しくなってしまう事は,残念ですがとても多いと思います.
仕事は全てではないですが,人生においてとても重みのある要素ですよね.
職種は問わず,そこにはかけてきた時間と,培った経験と,様々な思いが乗っている事と思います.
そういったものまで,出来ることならば失われないように.同じ職種に復帰する機会を増やすという意味でも,作業用義手の役割は大きなものです.
残念ながら,手の機能のうちの一部だけしか代償できていない能動義手と作業用義手ですが.日常生活や仕事のうえで動かせる義手が必要とされる場面も多くあります.
次回は,そんな「手の一部の機能」から.少しずつ進化を続けて,だんだんと手の機能を持ちつつある電動義手(筋電義手)についてお話していきたいと思います.
参考文献
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p84
澤村誠志,切断と義肢,医歯薬出版,第1版,p4
Barbara Engstrom,切断のリハビリテーション-知っておきたい全プロセス-,共同医書出版社,第1版,p235
公益財団法人テクノエイド協会,補装具費支給事務ガイドブック,p82
はじめての義手:リハビリテーション | Ottobock JP
https://www.ottobock.co.jp/prosthetic_ue/info/amputees/rehabilitation/
はじめての義手 – 国立障害者リハビリテーションセンター
http://www.rehab.go.jp/ri/hosougu/Panf/upperlimb/guide-upper%20full.pdf
身体障害児・者等実態調査:調査の結果
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/yougo_kaisetsu.html
e-stat 労働者災害補償保険事業年報 / 平成30年度労働者災害補償保険事業年報
義肢等補装具費支給制度のご案内(労災保険)
https://www.mhlw.go.jp/shinsei_boshu/denshishinesei/dl/140513-01.pdf
上肢切断者の現状と動向 近畿地区におけるアンケート調査から,川村 次郎
リハビリテーション医学,1999 年 36 巻 6 号 p. 384-389
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrm1964/36/6/36_6_384/_pdf/-char/ja
国立障害者リハビリテーションセンター病院の補装具診療外来を受診した新規切断者の特徴