義肢装具に使用されるカーボンというと.やはり競技用義足の足部を想像することが多いでしょうか?
カーボン繊維の特性は,義肢と相性が良いため.義足には,ソケットの強化や膝・足継手の一部に多く使用されています.
一方,↑の別記事でも触れたのですが.装具にもカーボン繊維が利用されているものがあります.今回は主に,カーボン製の下肢装具についてお話していこうと思います.
その特徴を知って適切な場面で使用することが出来れば.大きなメリットを発揮してくれる装具ではないでしょうか.
カーボン繊維ってなに?
詳細はぜひ専門のサイトなどをご覧いただきたいのですが.
TORAYCA 炭素繊維とは
その普及から,身近に使用されている事も増えてきたカーボン製品は.車や飛行機まで広い分野で使用されています.
義肢装具の分野では,やはり競技用義足の足部が印象的でしょうか?
カーボン製品は,カーボン繊維を樹脂成形したもので.その特性は義足と非常に相性が良いため.
競技用のみならず,ソケットや足部のパーツとしても多く利用されています.
その特徴として挙げられるのが
- 軽量
- 重さに対して高い強度
- 重さに対して高い弾性
- 疲労しにくい
- 熱に強い
- 錆びない
などでしょうか.
特に軽さと強度は,義肢装具の分野においても特筆する性能で.
主に「強度」を目的として使用されるであろう鉄やステンレスと比べれば,その比重は約1/4.アルミやチタンと比べても半分程度です.
また,力を加えると変形し,力を除くと元に戻ろうとする性質である「弾性」も非常に優れており.その性質を活かした競技用カーボン足部では,パラリンピックの記録はどんどん更新されていますよね.
そんな義足の分野では大活躍のカーボン繊維ですが.装具の分野だと少し印象が薄いかもしれません.
ですが,強固な支持を得るための金属製の装具や,プラスチックの弾性を利用している装具があることからも分かる通り.
その特性のメリットは,大きなものだと分かります.カーボン繊維を使用した装具の現状はどういったものなのでしょうか?
コスト度外視で作る装具
当時もカーボンのパーツや既製品装具は存在していましたが.私が最も衝撃を受けたのは.2012年の第28回日本義肢装具学会学術大会で行われた.
装具製作コンペディション「ステート オブ ザ クラフト:匠を知る」という催しで作成されたカーボン製の長下肢装具でした.
製作技術にもスポットをという事で,コスト度外視で製作可能な技術を全てつぎ込んだポストポリオ症候群用長下肢装具を作成するという企画でした.
カーボン製の1つのデメリットとして,「高コスト」が挙げられますが.
その企画で何点か作成された,ほぼフルカーボンの長下肢装具の軽さはそれに適うものがあり.通常の1/3以下の重さで,本当に「摘んで持てる」程のものでした.
(資料が残っていないのが残念なのですが…)カーボン製という事もあり,見た目もスタイリッシュで.コストの問題さえ解決すれば,今後はこういったカーボン製の装具が使用されていく機会も増えていくのかな?と衝撃を受けた事が記憶に残っています.
10年近く経った現在,カーボン繊維を使用した装具は目にする機会が増えてきていますが,劇的に増えたという訳でもありません.
2012年当時も存在していた装具の延長線にあるものが殆どとなっているのには.カーボン繊維を使用した装具のメリットとデメリットにその理由があります.
カーボン装具のメリットとデメリット
上記のカーボン繊維の特性によるメリットは装具でも同様です.
- 軽量
- 重さに対して高い強度
- 重さに対して高い弾性
- 疲労しにくい
- 熱に強い
- 錆びない
重量・強度・弾性など装具として使用する際にも非常に大きなメリットなのですが,1点大きな問題があります.それは「高い弾性」と「熱に強い」という点にも関わってくるのですが,作成後に微調整が難しいということです.
従来の装具の主な構成要素はプラスチックや金属製が多いです.身体に触れる部分の「適合」は装具において何よりも重要な部分であり.身体の形状や,症状の変化に合わせて微調整することが求められます.
金属であれば曲げ加工を行うことが出来ますし.プラスチックであれば,ヒートガンという300°以上の熱風をだす超強力なドライヤーを使用すれば,ものの数分で微調整をすることが可能です.
ですが,カーボンはその特性が仇となり.力を加えても元に戻る弾性が高すぎるため曲げ加工が出来ず.熱を加えても容易に変形することはありません.
これは義肢も装具も共通ですが.身体に触れる部分の微調整が出来ないことは.そもそもの目的に関わる大きなデメリットです.どれだけ軽くて丈夫でも,身体に合わずに皮膚のトラブルなどが起こっては元も子もありません.
装具としてカーボン繊維を使用する場合には.
- 身体に直接触れない
- 厳密なフィッティングを必要としない
という部分に使用するか.
- 一度別の素材でフィッティングを確認してから.カーボン製にする
という工程を踏まなくてはなりません.
義足の場合では,足部パーツなどが前者で.ソケットでは後者のチェックソケットというプラスチック製のソケット経て作成することが,元々の作成工程に組み込まれている事から.そのメリットを大きく活かす事が出来ています.
では,現在装具に使用されるカーボン繊維はどのようなものでしょうか?
カーボン繊維を利用している装具
装具にカーボンがよく利用される点としては,義足と同様に部分的な補強や.身体に触れることがない一部のパーツとしてではないでしょうか.
RAPS-AFOはその分かりやすい例と言えるかもしれません.強度と弾性を利用したカーボン支柱と,支柱の負荷を受ける部分にカーボンの補強がされています.
その強度と弾性から,足を覆う面積を必要最低限にすることが出来るので.機能と外観を両立しやすく.
微調整の必要が少ない部分なので,カーボン繊維のメリットを活かすことが出来ますね.
東名ブレース RAPS-AFO
また,既製品の装具でもカーボン製のものが増えつつあります.
代表的なものはallardのトーオフや,ottobockのウォークオンでしょうか.
allard トーオフ(国内取扱 株式会社田沢製作所)
http://www.tazawa.co.jp/AllardCatalogue.pdf
http://www.tazawa.co.jp/main/2017/09/post-5cdc.html
ottocok ウォークオンリアクション
https://www.ottobock.co.jp/orthotic/lower/ankle/walkon_reaction/
どちらも靴の中に入れて使用する,軽~中度の背屈機能低下に適応がある装具です.
カーボン製の強度と弾性を活かした,「軽さと薄さ」は特筆するものがあり.特に重さに関しては比較するとほぼ感じないと言っても良いレベルです.
時としてその薄さから肌に食い込みやすいので,身体に触れる部分に注意を払う必要がありますが.靴をほぼ制限することがなく使い勝手が良く,外観も比較的受け入れやすいものであるため,検討の価値がある装具ではないでしょうか.
前記の通り,製作にはとても技術が必要となるので.全ての義肢装具制作会社さんが対応可能な訳では無いのですが.
その経験と技術から,オーダーメイドの装具にカーボン繊維を積極的に取り入れている制作会社さんもあります.
ぜひホームページを御覧ください↓
https://material39.wixsite.com/sawamura-material
カーボン製品
https://www.sawamuragishi.jp/items/category/carbon
フルオーダーのカーボン装具の場合には,一度チェック装具で体に触れる部分のフィッティングを確認し.そのあとでカーボン製のものに換えるという工程が必要となるためコストがかかるものの.
支持性の多くを担っていた金属製の部分が,カーボンに変わることで得られる重量のメリットは.疾患によっては非常に大きなものとなります.
学会展示されたものは,本当にワンオフの特注品でしたが.オーダメイドの装具でも,モジュラー化することで.またはフルオーダーの装具としても,カーボン製の装具を使用することが可能な環境が出来つつあります.
変化しつつある支給制度
以前は,カーボンを使用した装具に関しては.その差額については支給対象外でした.前記の通り,カーボン繊維を使用した装具は高価なものとなってしまうため.有効に使用される方でも選択が限られていました.
こういった,カーボン繊維を使用したオーダーメイド装具が多く利用されつつある背景もあり.装具の支給基準改定に伴い,身体を支える部分にカーボンを使用した装具についても一部支給の対象となりました.
同時に大きな問題であったフィッティングも.フィッティングに必要となるチェック用装具の加算が認められるようになったため.製作のハードルはぐっと下がりました.
これによりポストポリオ症候群など,筋力の著しい低下のより長下肢装具の使用が必要となる方にとって.日常生活でまさしく「重り」であった,装具の重量が大きく軽減され.QOL向上につながる事が期待されています.
まとめ.
装具に使用されるカーボン繊維についてお話してきました.
カーボンはその特性から,非常に軽くて丈夫で.同程度の支持性をもった装具で比べると,その重さは半分程度になるのではないでしょうか.
その丈夫さもあり,必要な厚みが少なくなることで.服や靴の制限が少なくなり,日常生活での使い勝手は大きく向上します.
一方で,フィッティングの微調整が困難で.身体に接する部分への使用は注意が必要で製作技術が求められます.症状の変化が大きい疾患での治療用装具での使用は難しいですが.変化が少なくなった更生用装具では,そのメリットを大きく活かす事が出来るのではないでしょうか.
まだまだ,適応場面が限られるカーボンを使用した装具ですが.支給制度の変化も相まって.今後目にする機会がますます増えていく装具となるかもしれないですね.
参考資料
公益財団法人テクノエイド協会,補装具費支給事務ガイドブック,p38
第28回 日本義肢装具学会学術大会 コンペディション
http://www.fujita-hu.ac.jp/~rehabmed/28JSPO/competition.html
東名ブレース RAPS-AFO
https://www.tomeibrace.co.jp/catalog/pdf/raps.pdf
ottobock ウォークオンリアクション
https://www.ottobock.co.jp/orthotic/lower/ankle/walkon_reaction/
澤村義肢製作所 カーボン製装具
https://www.sawamuragishi.jp/items/category/carbon
田沢製作所 アラード社製装具
http://www.tazawa.co.jp/AllardCatalogue.pdf
TORAYCA 炭素繊維とは
https://www.torayca.com/aboutus/index.html
「治療用装具の療養費支給基準について」の一部改正について p46.47
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/hokkaido/info/tsuchi/08_ryoyohi/000109743.pdf
補装具の適切な支給実現のための制度・仕組みの提案に関する研究
http://www.rehab.go.jp/ri/kaihatsu/hosougukenkyu/doc/hosougu_soukatsubuntan_H26.pdf
長下肢装具の可能性 カーボン製長下肢装具,和田 太,日本義肢装具学会誌,vol29.No1.2013
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspo/29/1/29_18/_pdf/-char/ja
脳卒中の短下肢装具の進歩,渡辺 英夫,日本義肢装具学会誌,2014 年 30 巻 3 号 p. 174-178
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspo/30/3/30_174/_pdf/-char/ja