装具は使用する部位や疾患によって,様々な目的で使用されるものです.その目的に対して装具が出来ることは本当に多岐に渡ります.
今回はそんな中でも,主に脳卒中などのリハビリを行う際に使用される.足に着ける「短下肢装具」が,歩く時にどのような役割を持っているのかについてお話していきます.
リハビリを行っていく中で,装具が持っている役割はいくつかあるのですが.
その中でも最もシンプルで重要なことが
- 踵から足をつくこと
- つま先を擦らないようにすること
この2つがとても大きな役割となっています.
歩くということ
歩くということは,脚だけでなく体幹や腕など体全体で行っている動作で.脳が出した命令を,神経が伝えて,筋肉が上手に働くことで歩くことができています.
その動作で,たくさんの関節が連動して動く必要があるのですが.足部の周囲だけの動きを見てみると.
- 踵をつく
- 足全体がつく
- 体重を支えて片足立ち
- 踵が離れて
- 蹴り出しをする
- 足全体が浮き
- 前方に足を振り出し
- 足をつく準備をして
- 最初に戻る
という動きを繰り返しています.
加齢などによる,身体能力の変化は大なり小なり誰にでもある事ですし.疾患によっては,こういった動作そのものが困難な場合もあります.
神経の障害によって,筋肉を動かすことが出来ずに.つま先を持ち上げられず,ダラっと下がってしまう「下垂足」や.
脳卒中など脳の病気によって,脳から正しい命令を出せずに.足が異常な命令に従ってつま先が伸びきってしまう「尖足」などはその典型です.
装具は,足の裏を下から支えることによって.こういった障害によって失われた機能を代償したり,変形を予防する役割を担っているわけなのですが.
この動きはあくまでも一般的なもので.「絶対的な正解」というわけではありません.人それぞれの能力に合った「歩き方」があるので.絶対にこの歩き方をしなくてはダメ!というものでもないのです.
歩幅は人それぞれ違いますし,歩くスピードも違うでしょう.時には杖をついたり装具を利用することもあるかもしれません.
とはいえ「正解」ではないものの.目指すべき「目標」ではあります.通常の歩行から離れるほど,効率や速度などは悪くなってしまう事が多いですし.時には転倒のリスクや,症状の悪化に繋がってしまう事もあるからです.
通常行われている歩行を目標としつつ,悪い影響を起こす要因を取り除き,それぞれの能力に合った歩行を獲得するというのは.リハビリで行われている歩行練習の1つの目的でもあります.
「歩く」うえでポイントとなってくる部分について.具体的に装具がどのような働きをしているのかについて見ていきましょう.
歩くうえで問題となること
目標となるいわゆる「普通の歩行」との差異は.人それぞれ変わるもので,その上で更に疾患などの症状に大きく影響を受けます.
どれだけの違いを「許容する」かは,人それぞれ変わってくるでしょう.
「少し歩くスピードが遅い」とか「少し歩く歩幅が小さい」と言ったことであれば.日常生活に支障がない違いであれば,許容する事が多いのではないかと思います.
そんな中にも,「許容できない」違いはあります.「その歩き方だと転ぶかもしれない」「症状が悪化するかもしれない」なんて状態で歩く事は避けたいですよね.
1つ例を出してお話していきましょう.
脳卒中など脳や脊髄のケガや病気が原因で起こる歩行への影響は多岐に渡りますが.
冒頭でも触れましたが,その中でも代表的な「尖足」の場合についてです.足関節のコントロールが麻痺によって難しくなってしまい.
麻痺の強さによって症状は様々ですが,自分の意志とは関係なく.つま先を伸ばす方向へ力が入ってしまう状態です.麻痺が強い方は(関節が固くなってしまう事も相まって)つま先を上げる方向へ動かすことも難しくなってしまう場合があります.
また,麻痺の状態を確認するために用いられる事もあるのですが.つま先が急激に持ち上げられるような力が働くと.足がカクカクと上下するような動きが麻痺によって起こります.「足クローヌス」と呼ばれるこの状態は場合によっては歩行に影響を与えます.
こういった要因は,歩行時に「許容できない」影響を与える事があり.それを防ぐ事が,装具が用いる理由となる場合もあります.
それは冒頭でも触れた
- 踵から足をつくこと
- つま先を擦らないようにすること
を行うためにあります.
踵から足をつくこと
麻痺による筋緊張の程度によりますが.尖足位での歩行では,踵から足をつくことが出来ません.
つま先から足をつく時に,筋肉の緊張が強すぎると.体重をかけても足は尖足位のままとなってしまいます.
足がつっぱった状態では,膝も後ろに押されます.時として反張膝と呼ばれる膝が反対に曲がるような状態を引き起こしてしまいます.
身体を前方へ移動できないため,歩行としても問題は大きいのですが.
膝関節にも悪影響が起こるような状態は.許容できる歩行とは言えません.
また反張膝を引き起こす程の筋緊張がなかったとしても.つま先からついて体重をかけることは.先ほど紹介した「足クローヌス」を起こす条件と全く同じ事を,一歩毎に繰り返す要因になりかねません.
「踵から足をついて,踵から荷重する」というのは.こういった許容できない影響を防ぐための条件とも言えます.
短下肢装具を使用して,足の裏を支えることは.尖足位を防ぐことに繋がり,踵からついて,踵で荷重するという歩行を助ける事ができます.
装具を使用した歩行も「普通の歩行」と同じものではないですが.少なくとも膝関節に悪影響があったり,足クローヌスを誘引したり「許容できない歩行」ではなくなっています.
また麻痺がとても強く,関節の固さが見られる場合でも.短下肢装具の踵部を尖足位の程度に合わせて補う装具を使用することで.それ以上の尖足を防ぎながら,踵でついて,踵で荷重するという歩行を助ける事ができます.
これも「普通の歩行」とは違う装具を使った歩行ではありますが.許容できない悪影響を可能な限り防ぎつつ,通常の歩行に近い動作に近づける事ができます.
つま先を擦らないようにすること
もう1つの注意したい点が,歩いている時に尖足位で足を浮かせて前に振り出す時につま先を擦っていないかどうかです.
尖足位の時には,つま先が下がっている事から.床との間に隙間ができにくく.擦ったり,場合によっては引っかかって転倒のリスクに繋がってしまいます.
この床とのクリアランスを保つために,膝を高く上げたり,足を外側にぐるっと回して歩いたりと.「普通の歩行」とは違った歩行になりがちです.
それが絶対にダメ!という訳ではないですが.少なくとも転倒の危険があるのは問題です.この場合の装具の働きはとてもシンプルですが,足裏を支えてつま先を持ち上げることによって.床との隙間を作り,足が引っかかる危険を少なくします.
歩くという動きは,本当に様々な要素によって成り立っていますが.その中でも特に影響のある2点を挙げても.装具はこういった形で役割を持っているわけですね.
まとめ
装具を使用する目的について,脳卒中によって起こる「尖足」を例にして歩く時に装具がどのような役割をしているのかについてお話してきました.
理想とも言える「目標の歩行」は存在しますが.全ての人がその歩行を行えるわけでもないですし,また行う必要があるわけでもありません.
加齢による変化は誰にでも起こることですし,病気やケガによる影響がある場合は尚更です.
大切なのはその「目標」を目指しつつも.自身の能力にあった歩行を行うことです.
それは,病気やケガの程度や.回復の過程.退院して日常生活を送っているのか?など様々な条件によって異なるでしょう.
リハビリの歩行練習というのは,そういった条件を加味した上で.どんな練習をして,どんな能力を獲得するのかという事が大切でもあります.
一方で,病気やケガの歩行への影響の中には「許容できない」事も存在します.
転倒のリスクがあったり,関節を傷つけるような歩行の要素は.出来るだけ取り除いて,リハビリでの練習や日常生活を行う事が望ましいです.今回お話してきたのは,その1例に過ぎませんが.装具はそんな中で大きな役割を果たしていますね.
参考資料
日本義肢装具学会 監修,装具学,医歯薬出版,第3版,p2-
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p189.215.231
加倉井周一,新編 装具治療マニュアル-疾患別・症状別適応-,医歯薬出版,第2版,p56-
理学療法ガイドライン第1版 6.脳卒中
http://www.japanpt.or.jp/upload/jspt/obj/files/guideline/12_apoplexy.pdf
痙縮の病態生理,長谷 公隆,バイオメカニズム学会誌,2018,Vol.42,No.4
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sobim/42/4/42_199/_pdf/-char/ja
脳卒中上下肢痙縮に対するボツリヌス療法,第49回日本リハビリテーション医学会学術集会 シンポジウム,2013 年 50 巻 7 号 p. 505-524
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/50/7/50_505/_pdf/-char/ja