最も基本的な短下肢装具であるSHBですが.機能的なメリットとデメリットがあり,使用するタイミングに留意する必要があるという側面を持った装具でもあります.
治療用装具として使用する際には,その調整幅の少なさが要因で.使用される機会が少なくなりつつありましたが.
今回は「更生用装具」として使用されるSHBについてお話していこうと思います.
前回の「治療装具としてのSHB」の記事が前提となっていますので.まだお読みでない方は→コチラからご覧いただければと思います.
はじめに
SHBは脳卒中リハにおいて
- IC時の踵接地
- 遊脚期のクリアランス確保
- ヒールロッカーの代償
- Mstの尖足・反張膝防止
- Mstの膝折れ防止
などを目的に使用されています.
底・背屈制動による機能的なメリットがある一方で.作成時の初期設定に大きく依存し,調整の幅に限界があるというデメリットから.
脳卒中の回復過程において獲得していきたい様々な課題に,SHBを合わせて調整していくことが難しい場面が多い事や.特定の場面だけ見れば他の継手の方が優れている事も多いため,選択する機会が少なくなりつつあります.
脳卒中リハでの「治療用装具として」のSHBは,行いたい課題とSHBのメリットが合致する時には非常に大きな力を発揮しますが.多くの課題に対応が必要な場合には,他の継手が選択されることが多くなっています.
では「更生用装具として」のSHBはどうでしょうか?
治療用と更生用の役割
まず治療用装具と更生用装具の違いについて確認していきましょう.
「治療用装具」は,その名の通り治療を目的として使用される装具で.障害(症状)固定前までで使用される装具です.
一方「更生用装具」は,障害(症状)固定後に使用される装具で.日常生活の向上などを目的として使用される装具です.
治療用と更生用でそれぞれ目的が異なるので,装具に求められる役割も変わってきます.
治療用装具の役割
治療用装具としてのSHBの役割は,前記のとおり.回復の過程に合わせて,獲得していく課題の難易度調整です.あくまでも目的は治療の一環であり,装具をつかって「歩くこと」が目的なのではなく,「歩く能力を獲得すること」が目的となっています.
治療用装具はを使うのは「歩く練習のため」という事を忘れてはいけません.
もし全ての能力を補ってしまうような装具だと,「歩かされている」だけになってしまいます.ちょうど「補助」と「介助」の関係に近いですよね.
実際装具を使用した歩行練習は,セラピストの補助と合わせて難易度を調整していることがほとんどです.
KAFOを使用している時期には,良くも悪くもセラピストが介入して.補助を行う程度を調整することが出来ます.
「セラピストの補助+装具の制御=適度な課題の難易度」となれば良いわけです.
ですが,AFOとして使用する頃には.多少の補助は行うものの,運動学習の主体は完全に患者さんに移っています.
下肢の動作について,セラピストが介入できる余地は相対的に少なくなっていくため.「装具の制御=適度な課題の難易度」に設定する必要が出てきます.
必然,AFOには適度な課題の難易度にするための細かな調整機能が求められてきます.
脳卒中リハの治療用装具には,過不足なく適度な課題の難易度を調整しつつ.回復の過程で移り変わっていく,立位・歩行・階段昇降など多岐にわたる獲得する機能に対応していくことが必要となるため.SHBはその調整性から,選択されにくくなっている訳ですね.
更生用装具の役割
一方で,更生用装具の役割は.症状の変化がある程度落ち着いた,障害固定後に日常生活で使用される装具です.
その主な目的は,失われた機能の代償による日常生活の向上であり.SHBの役割も「歩くこと」が大きいです.
治療用装具としてのSHBが,その難易度を「なんとか出来るもの」に微調整する必要があり.必要以上に装具が働くと,自身の運動学習の妨げになってしまうのに対して.
更生用装具としてのSHBは,生活に必要な動作を「行えるようにするもの」が必要となってきます.可能な限り失われた機能を補う事が出来るのが理想的ですよね.
治療用装具には機能獲得のための「補助」的な役割が求められますが.更生用装具には日常生活の向上が求められるため,時としてそれが「介助」的な働きをしていたとしても.活動の拡大に繋がるのであれば問題ないわけです.
持っている機能を補ううえで,生活に即した装具なのか?が重要となってきますね.
更生用装具としてのSHB
治療用装具には,機能回復の程度と獲得していきたい課題に合わせて.その時々で必要となる装具の機能は変化し続けていきました.装具にはその変化に対応する調整性が求められる事から,SHBのデメリットの影響は大きなものでした.
更生用装具に求められるのは「失われた機能の代償」であり,活動・参加を含めた日常生活に即した機能を持っている事が求められます.
「更生用装具」としてのSHBについて,治療用装具と比較しながら確認していきましょう.
最大のデメリットである調整性
治療用装具として選択されにくくなっている,最大の理由であったSHBの調整性は.
更生用装具として見てみると,そこまで大きなデメリットではなくなっています.
回復期の大きな変化と比較すれば,更生用装具を作成する時期には「今後予測される変化」との差はだいぶ小さなものと言えるでしょう.
症状の大きな回復とそれに伴う課題の変化に対応する必要が少なくなり.装具として継手の機能を,大きく変更する必要性が少なくなる事がほとんどではないでしょうか.
更生用装具は「現在」の装具としての機能や使い勝手のほうが,重要となる場面が多くなってきます.
日常生活を送る上で一番良い選択を
治療用装具では先の変化を見越した装具を作成する必要がありましたが.更生用装具では調整の必要が少ないため,その時に最も必要な機能を持ったSHBを作成することが出来ます.
調整を見据えると,その強さの設定が難しかった制動も.現在の能力に合わせた制動力に設定する事が出来るため.膝折れや,尖足,反張膝防止など,生活に関わる移動のしやすさを優先させることが出来ます.
また,自由度を制約することによって起こる弊害も.持っている身体機能に合わせてスタビリティとモビリティの必要となる制約を選択する事が出来るので.制動によるメリットだけを得て,デメリットが起こりにくいような設定のSHBとする事ができます.
更に,治療用装具の時には「オマケ」のような扱いだった,背屈補助・底屈補助も更生用装具となった時には力を発揮します.歩行速度の改善や負荷の軽減に繋がるようであれば,活動を広げることが出来るかもしれません.
治療用装具のSHBでは難しかった,身体の機能と,生活環境,ニーズなど様々な要素を検討した上で,その時点で最も適したSHBを作成するという選択が可能となっています.
メリットも最大限に
SHBには
- 軽い
- 嵩張らない
- 安価
という大きなメリットがありましたが.
治療用装具として見ると,これらのメリットを加味した上でも.機能的な問題から余程条件が合致しない限りは選択しづらい装具でした.
ですが,更生用装具としてのSHBでは.継手としての機能の不安が少なくなり.このメリットを最大限に受けることが出来るようになります.
特に,シンプルな外観は日常生活で使用される装具の中では比較的受け入れられやすく.最も影響が大きいのは嵩張らない事で,靴の選択肢が制限を受けづらいです.
下肢装具を使用される方にとって,靴を選ぶ事は大きな悩みのタネの1つです.
多くのAFOが継手の嵩張りで靴の制限を受ける中で,SHBは側壁のトリミング次第ではあるものの.多くの場合でスニーカーを選択肢の1つとすることが出来ます.
場合によっては,中敷きの調整で左右同じサイズでも履ける可能性があるのは非常に大きなメリットです.
もしスニーカーをなんとか履けるAFOでも,ほとんどの場合で,装具側と反対側に1サイズ以上の差が出てしまうと思います.
スニーカーを履こうと思うと,サイズ違いの靴がどんどん増えてしまうのはかなりの負担です.結果的に片側で購入できるリハシューズなどを選択される場合も少なくないでしょう.
更生用装具では,その機能とともに.日常生活で使用していく上での使い勝手も大きなポイントとなるため.更生用装具としてのSHBのメリットは,他の装具には無い大きな特徴となる場合も多くあります.
まとめ
更生用装具としてのSHBについてお話しました.
移り変わる症状と課題の変化への対応の必要が少なくなった更生用装具では.日常生活で必要となる機能をもったSHBを選択しやすくなり.SHBのメリットを活かしやすい状況となっています.
足関節背屈域の制御が難しい場合や,膝折れのリスクがある場合には.SHBの背屈制動が有効に機能する事が多く.そのシンプルな構造によるメリットも相まって.条件が合致すれば装具検討の第1の選択肢となってくる事も多いかもしれません.
更生用装具は,その身体の機能に加えて,活動する環境やニーズの影響も様々であるため.人それぞれに装具の正解となる形は異なるのではないかと思います.
撓みを利用していることから破損のリスクが有り.症状の変化によっては強い筋緊張を制御する事が出来ないというデメリットをしっかり理解し,アフターフォローの体制を準備した上で.メリットを活かせる状況で使用することが出来れば.
更生用装具としてのSHBは,選択の価値のある非常に有用な装具と言えると思います.
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