SHBは全ての短下肢装具の中でも,最も基本的な装具といって良いものです.
学生のセラピストが短下肢装具について学ぶ時に,一番最初に出てくる装具でしょうし.義肢装具士さんが最初に作成を学ぶのもSHBだそうです.
脳卒中のリハビリでも多く使用する,とされているSHBですが,その運用や適合は基本的な装具でありながら難しい面も多くあります.今回は,そんなSHBの基本的な特徴についてお話していきます.
SHBの概要
SHBの基本的な部分については,→記事をご覧頂ければと思いますが.
SHBはP.AFO(プラスチック短下肢装具)に分類される装具で.最もシンプルな構造をしている短下肢装具の1つです.
様々な目的によって,形状や素材,大きさなどが変わってきますが.脳卒中のリハビリに用いられるSHBは,PP(ポリプロピレン)という固めなプラスチックを用いて作成されることが多いでしょうか.
プラスチックの可撓性を利用した装具で,プラスチックが「撓んで戻る」という性質を制動や補助に活かして足関節の制御を行います.
SHBの機能
SHBはその可撓性の程度によって,制約の程度が変わってきます.基本的には,足関節背屈「制動」,底屈「制動」を行う装具ですが.
プラスチックが全く撓まない程に強固に作成することで,底背屈「固定」を行う装具として使用出来ます.
制動力に影響を与える要素は
- 素材となるプラスチックの固さ
- プラスチックの厚み
- 装具のトリミング
となっています.
「プラスチックの固さ」は,前記の通り脳卒中で用いられるSHBでは.ほぼPPが選択されます.体重を支持し,足関節を制御するためにはある程度強い制動が必要です.
その他の疾患に用いられるSHBでは,PE(ポリエチレン)やトレラックなど柔らかいプラスチックを使用する場合もあります.その他の要素との組み合わせが重要です.
「プラスチックの厚み」は,トリミングとの兼ね合いが非常に大きく,選択する際には必要となる制動力の検討が必要です.
大まかですが,PP3mmで作成したSHBはフレキシブルなSHBとなるためある程度の随意性が必要です.PP4mmで作成したSHBは,足関節をある程度制御出来る強い制動があります.PP5mmで作成したSHBは,かなり制動が強くほぼ固定なリジットSHBとなります.
「トリミング」はSHBは唯一「作成後も調整することが可能」な制動力を調整する要素です.プラスチックが足を覆う面積が多いほど強い制動力を,少ないほど小さな制動力を発揮します.
SHBには底屈・背屈それぞれの機械軸があり.足関節付近の対応した部分をトリミング調整することで.底屈・背屈それぞれの制動力を調整することが出来ます.
SHBという装具の根幹を担っている部分とも言えるかもしれません.
詳細については→記事を御覧ください
SHBという装具の機能は,これらの組み合わせによって.足関節にどのような制約を行い,その強さが変わってきます.
下肢の随意性が少なく,膝・足関節の制御が難しい場合や,痙性による筋緊張が強い場合などは.厚くて硬いプラスチックで足関節を覆うトリミングの,支持性が強いSHBが必要となりますし.
軽度の尖足・反張膝を制御する事が目的で,背屈の制約をあまり行いたくない場合には.薄いプラスチックを選択したり,背屈方向のトリミングを調整して.若干フレキシブルなSHBとする必要が出てきます.
SHBを作製する場合や,備品で評価を行う場合には.これらの条件がどのようなSHBなのかを知っておく必要がありますね.
メリットとデメリット
装具の機能と特徴を知る事は,どの装具を選択するか検討する際の基準の1つとなります.
SHBのメリットとデメリットを理解できれば,どのような場面で使用することに適している装具なのかも自ずと分かってくるのではないでしょうか.
SHBのメリット
SHBの最大のメリットとも言えるのが,一枚のプラスチックから成形された物にベルトが付いているという「非常にシンプル」な構造です.
P.AFOであり,余計な継手のないシンプルな構造故に
- 軽い
- 嵩張らない
- 安価
な装具となっています.
「軽さ」は,一部のカーボン製AFOを除けば.実質脳卒中リハで用いられる装具の中でも最軽量です.これは継手の無い装具である事も1つの要因であり,同時に余計な「嵩張り」がない事にも繋がります.
「装具」とその上に履く「靴」は切り離せない問題です.装具によって靴が入りにくいポイントはいくつもありますが,継手などがある場合の横幅の嵩張りは大きな要因の一つです.
同時にシンプルな構造のため,「安価」な装具となっています.これは,GS継手やRAPSなどの脳卒中リハに用いられる高価な継手と比較して半額程度です.
全く機能の違う装具なので単純な比較は出来ませんが,もしSHBと,これらの高価な継手が検討の対象である場合には.4~5万円以上の価格を上乗せする価値があるリハを,本当に提供できるかよく考えなくてはなりません.
また,SHBが基本となる装具であるため忘れがちなのですが.意外と「制動」の制約を行う足継手は少ないという事です.
他の継手の制約については,→記事を参照していただきたいのですが.制動の制約を行うことが出来るのは,SHB以外では高価な継手が多いです.
その他の継手で,制動を行いたい場合には.追加のパーツが必要だったりと,意外に継手付AFOの中では「制動」を行う装具が少ないです.
「制動」という,可動域を持ちながらブレーキをかけるという.本来の歩行動作に近い制御を行うことが出来るのは大きなメリットです.
SHBのデメリット
SHBを使用していく上で,デメリットの1つとなっているのが.
「作成時の初期設定」に大きく依存している
という事です.
SHBという装具はシンプルな構造であるのがメリットですが.シンプルであるがゆえに,作成時にどのようなSHBにするかによって,その機能の殆どが決まってしまいます.基本的な装具でありながら,運用を難しくする理由の大きな1つです.
- 装具の初期角度などアライメント
- プラスチックの種類
- プラスチックの厚み
- 装具のトリミング
という,SHBの機能を決める要素が.SHBの採型を行う時に決まります.
トリミングについては後記しますが,それ以外は一度決めたら変更出来ません.
これはSHBに限った話ではないですが.装具アライメントは採型をした瞬間にほぼ決まります.前額面・水平面のアライメントについては,AFO共通で作成時の初期設定が重要です.
またSHBに関して言えば,矢状面アライメントはSHBがどのような制動を行うのかを決める重要な要素です.
「装具の初期角度」と呼ばれるものですが.装具のニュートラルな状態から,底背屈の制御が始まる位置が決まるため.他の装具以上にSHBの採型は機能が決まる工程と言えますね.
(詳細は他記事もご覧ください)
プラスチックの種類と厚みは,当然あとから変えようがありません.作成したはいいけれど,「制動力が不足していた」となってしまうと作った意味が無くなってしまいます,場合によっては再作成となってしまうでしょう.
トリミングに関しては,後からでも調整することが可能です.
ですが,「制動力を小さくする」事しか出来ません.また制動力の調整出来る範囲にも限界があります.プラスチックの厚みによっては,装具としての強度を保ったままトリミングを削るには出来る限界があるわけですね.
SHBには,底屈と背屈それぞれの機械軸があり.下図のように,それに対応した部分のトリミングを調整することで,制動力の調整を行うことが出来ます.
ここでSHBのもう1つのデメリットといえるのが
トリミングの「調整は不可逆」
という事です.
当たり前ですが,一度削ってしまったプラスチックはもとに戻りません.「制動を小さくしたらイマイチだった」としても戻すことは出来ないので慎重に行わなければなりません.
脳卒中リハという点でいうと,SHBという装具が抱える根本的な問題です.変化する身体の状態や,行いたい課題に対して.調整が不可逆なのは運用上のデメリットとなっています.
また,トリミングの調整と無関係ではない.もう1つのデメリットが
装具の特性上,仕様によっては「破損しやすい」
という事です.
詳細は↓記事でも触れていますが,プラスチックが「撓んで戻る」を利用しているため.繰り返しの負荷によって破損の可能性があり,そのため耐用年数も短く設定されています.
SHBが抱えるデメリットではありますが,注意しなければならないのは.根本的にある破損のリスクと装具の仕様によって起こる破損のリスクは別だということです.
随意性や,行う課題の内容,体重など様々な要素によって,「装具が支持する荷重」は大きく変わります.それに対して不十分な支持性のSHBでは,想定以上の撓みや負荷がかかり破損のリスクを大きくしてしまいます.
また本来,SHB作成時には義肢装具士さんは破損しにくいトリミングラインを設定して製作してくれています.ですが,後から大きくトリミングラインを変えるような調整をすると.時としてSHBの1部分にだけ撓みの負荷が集中してしまいます.
こういった応力の集中による装具の破損を避けるためにも.今後の運用も含めてSHBを構成する要素を決定していく必要がありますね.
最後の1つとして挙げるのが,メリットでありデメリットでもあるのですが.プラスチックが「撓んで戻る」という特性を使用しているため.
「制動と補助」が必ずセットとなる
という事です.
底屈を制動するために撓んだプラスチックは,必ず戻る時に背屈の補助を行います.そして,制動力が大きいほど,それに伴って補助をする力も大きくなります.
この特性が上手に活かせる場面ではメリットとなるのですが.歩行の練習を行う上で,制動に伴う補助が邪魔をする場面があります.今後解説でも触れていくので頭の片隅に置いておいて頂ければと思います.
まとめ
SHBという装具の機能を決める要素と,その特性によるメリット・デメリットについてお話をしました.
SHBはそのシンプルな構造から,簡単に適合出来る装具と思われがちですが.
実際は非常に多くの要素を検討しなくてはならない,意外と適合が難しい装具です.
装具をどのように使っていくのか,考えるべき点も多く詰まった装具なので.「まず最初にSHBから学ぶ」というのは,ある意味合理的なのかもしれません.
今回お話したメリット・デメリットについては,装具を選択する上でも重要なのでぜひ覚えておいていただきたいのですが.「実際に使う時どんな影響があるの?」という点について,次回詳しくお話していきたいと思います.
SHBという装具は,治療用装具なのか更生用装具なのかによって大きく運用が変わってくる装具だと思います,装具選択の根本とも言えるので併せてご覧頂ければと思います.
参考文献
公益財団法人テクノエイド協会,補装具費支給事務ガイドブック,p38
日本整形外科学会 ほか(監修),義肢装具のチェックポイント,医学書院,第7版,p348
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https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspo1985/23/2/23_2_163/_pdf/-char/ja
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https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspo1985/19/2/19_2_114/_pdf/-char/ja
短下肢装具の背屈制動機能が片麻痺者の歩行に与える影響,櫻井 愛子,理学療法学,2005,32 巻 7 号 ,p. 406-415
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rigaku/32/7/32_KJ00004056408/_pdf/-char/ja
短下肢装具作製時に三次元的アライメントを考慮する必要性について,中野 克己,理学療法学,1997, 24 巻 5 号,p. 263-269
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rigaku/24/5/24_KJ00001307968/_pdf/-char/ja